"嫌われた娘の五十八億円" 第2話
の世話をして媚を売れば、遺言をき換えてもらえるとでもったの? 残でしたね。お父様は病でも『真の顔は見たくない』と仰っていたそうよ」
真は何も言い返せなかった。
脳裏をよぎるのは、病での父の姿だ。酸素マスクをつけ、痩せ細った腕に点滴の針を何本も刺された源蔵。真が仕事を終えて駆けつけ、くなった父のを蒸しタオルで拭いても、父は度として真の目を見ようとはしなかった。ただ無言で顔を背け、真が「お父さん、痛むところはない?」と尋ねても、乾いた唇を固く結んだまま、拒絶の姿勢を崩さなかったのだ。
幼い頃からずっとそうだった。
歳の誕に買ってもらえるはずだった赤いリボンの靴は、父のでゴミ箱に投げ捨てられた。卒業の、デザイン学へきたいと差しした図面は、目ので真っつに引き裂かれた。結婚式の、父は「く価値がない」と吐き捨て、披宴の親族席にぽっかりと空席を作った。
――お父さんは、私を憎んでいた。
その酷な事実だけが、真の胸の奥でい錆となって沈殿していた。
「納得したなら、ここに実印を押せ。『遺産分割協議』と『相続権全面放棄申』だ」
修が朱肉と類を突きつける。
真はゆっくりとちがった。
「実印は持ってきていません。
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それに……正式な続きは、法なでいます」
「チッ、往際が悪いな」
修は吐き捨てるように舌打ちをした。
「まあいい。どうせ親父の遺言などしない以、法定相続分の協議でも俺たちが圧倒数だ。おのような貧乏神がここに居ると典の計算が狂う。さっさと帰れ」
真は静かに礼し、黒いハンドバッグを抱えて控をた。
の混じる寒が、濡れた頬を刺す。真は傘も差さず、の空を見げた。
父のに涙すらない自分がいた。しみよりも、自分を否定し続けた男の呪縛からようやく解放されたという、凍りつくような虚無だけが全を満たしていた。
都内のはずれにある古い公営団。
夜の静寂がまる、階の暗い畳の部で、真は、めきった麦茶を啜っていた。
築を超える団の壁はく、をる夜トラックの音がをかすかに震わせている。壁の計の針は、午を回ろうとしていた。
喪を脱ぐ気力すら起きず、真はパイプ子の背もたれに体を預けていた。昼、兄や義姉たちから浴びせられた罵詈雑言が、の奥で呪詛のように渦巻いている。
『親父はおのことが嫌いだったんだよ』 『来損ないの女』 『おに渡す遺産など円もない』
「お父さん……どうして私だったの……? どうして、私だけをそんなに拒絶したの……?」
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真の瞳から、粒の涙が零れ落ち、テーブルの目を濡らした。
自分は何か悪いことをしたのだろうか。物ついたから、兄たちは甘やかされ、欲しいものを買い与えられていたのに、自分だけは常に無され、罵倒され、遇されてきた。母がくに病した、懸命に事を伝い、父の作業着を洗い、料理を作っても、父から返ってくるのは「邪魔だ」「目障りだ」という酷な言葉だけだった。
そのだった。
ジリリリリ――!
部の片隅に置かれた固定話が、静寂を切り裂くように激しいベルの音を響かせた。
真は臓をねさせ、涙を拭って受話器を取った。こんな夜に話をかけてくる相など、い当たる節がなかった。
「はい、ですが……」
『夜分遅くに突然の非礼をお許しください。私、千代田第法律事務所の代表を務めております、弁護士の桐勝正(きりゅう・かつまさ)と申します。源蔵様の、専任遺言執者でございます』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、極めてく、研ぎ澄まされた刃物のようなを持つ老紳士の声だった。
「弁護士の……先ですか? 父の遺言執者……?」
真はわず背筋を正した。千代田第法律事務所といえば、政財界の鎮や企業を顧客に持つ、本屈指の超流法律事務所のはずだ。町の父が依頼できるような相ではない。
『はい。本、源蔵様のご葬儀が無事に執りわれたと伺いました。
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