"最後の上映会" 第7話
弟を捜すと言いながら、結局、両親の最期にもにわなかった。今さら戻って、懐かしい顔をする資格がないとったんです」
「町をれただけで、捨てたことにはならない。君が撮ったものを見れば分かる」
病の壁へい布を張り、町からの返事を映した。映像が始まると、正は言も話さなかった。
柴田やの言葉が映るたび、正の目から涙が流れた。自分の映像が誰かの記憶を救ったことを、初めてったのである。
座の客席が映ると、正は震えるを布団のへした。スクリーンに触れようとするように指をかし、「まだが入っている」と呟いた。
映、正はい目を閉じていた。やがて清治へ、最のフィルムについて話し始めた。
「あのフィルムには、さんがらない座が映っています。文子さんに頼まれて撮ったんです」
清治はわずを乗りした。文子が正へ撮を頼んだことなど、度も聞いていなかった。
「何が映っている」
「最のに見てください。途で止めず、最まで」
正はそれ以説しなかった。清治も無理には尋ねず、枕元に座の古い入券を置いた。文子が使っていた切符鋏の跡が残る枚だった。
病院をる、正は清治を呼び止めた。
「弟を見つけることはできませんでした。
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でも、弟を捜して撮った景のに、こんなにくのが残っていた。無駄ではなかったんですね」
「無駄ななんてなかったよ。君が今、それを町へ返してくれた」
正はさく頷いた。その顔には、い旅を終えたのような穏やかさが浮かんでいた。
正に会ってから2週、恵子から清治へ話が入った。正は218の朝、族に見守られながら静かにくなったという。
清治は受話器を握ったまま、しばらく言葉を失った。座の取り壊しまで、あと1か半だった。
正の葬儀にはけなかった。恵子は、父が盛な葬儀を望まず、族だけで見送りたいと言っていたことを伝えた。代わりに、正が清治へ残した封筒が郵送されてきた。
にはいと、フィルムの保管方法を記した覧が入っていた。
〈さんへ。町へ返したフィルムは、私のものではありません。映っているたちのものです。誰かの記品にせず、見たいが見られる形で残してください〉
正は、フィルムを個で保管すれば、所者がくなったに失われることを配していた。湿気や災で消える能性もあるため、町の公民館や資料館で管理するよう求めていた。
しかし、この町には郷資料館がなかった。公民館にもフィルムを適切に保できる設備はなく、町役は予算を理由に難を示した。
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「個が撮した8ミリ映像でしょう。文化財として扱う基準もありません」
町役の担当者は申し訳なさそうに説した。映像の価値を否定しているわけではないが、保費用を公費で負担する根拠が必だった。
商会のでも見が分かれた。座を残す運へ発展させようとする者もいたが、建物を買い戻して修理する資はなかった。
の売却をにすれば、清治には額の違約がじる。映画館の借も残っており、だけで建物を守ることはできなかった。
「館を残せなくても、フィルムは残せるだろう」
柴田が言うと、商会は自主な保会を作ることになった。500円の募を集め、映像の複製と保管に必な費用を用する計画だった。
子は映像に登する物と所を記録し、代別の覧を作った。元教師の松井は当の学事について解説をき、清治は座で映した映画や町の来事をいせる限り記した。
若い世代も協力し始めた。座で映写を伝っていた正夫は卒業、写真や映像の仕事を学びたいと話し、県内の放送局へフィルム保の方法を問いわせた。
放送局の資料担当者が町を訪れ、映像を確認すると、個撮としては保状態が良く、戦の方商の暮らしを記録した貴な資料だと評価した。
ただし、テレビ番組へ使用するに、映っている物や族の許を理する必があった。