"焼け跡の花束" 第1話
昭223、京の側にある千川町には、戦争の傷跡がまだ々しく残っていた。通りにはしいやが並び始めていたが、本裏へ入れば、崩れた壁や黒く焦げた柱が空へ突きしていた。瓦礫を片づけたの空きには雑がえ、が吹くたびにの混じった埃がいがった。
町の央にある朝倉商は、焼け残った蔵の部へトタン根を載せたさな雑貨だった。主の朝倉源蔵は、夜けに起きてのを掃き、配品や仕入れた用品を棚へ並べることを課にしていた。鹸、マッチ、縄、量の干し芋など、に置ける品物は戦に比べればわずかだった。
源蔵は毎朝、向かい側にある焼け跡を目にしていた。そこには赤黒く焦げたレンガの壁が枚だけ残り、周囲の瓦礫が撤されたも、墓標のようにっていた。
元は田辺品の建物だった。昭203の空襲で焼け、を営んでいた田辺も町をれた。壁のだけは誰も資材置きにせず、町の々も無識のうちに避けて歩いていた。
3のある朝、源蔵はレンガ壁の根元に数本のが置かれていることに気づいた。いハコベと黄いタンポポが聞の切れ端に包まれ、のへ丁寧に並べられていた。
価なではない。端やで摘んだものだとすぐに分かった。
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源蔵は、空襲で族をくした誰かが供えたのだろうとった。は夕方にはしおれ、翌朝、をけるにはなくなっていた。
しかし次のも、同じ所にしいがあった。今度はさなのスミレが混じっていた。3目には菜の、4目には名も分からない青いが置かれた。
「向かいの壁にを置いているのは、源さんかい?」
豆腐の須藤が尋ねたが、源蔵は首を横に振った。の商主も当たりがなく、誰もを置く物を見ていなかった。
「田辺さんの族が戻ってきているんじゃないのか」
「でも、わざわざに見つからないへ来るかね」
「空襲でくなったたちへの供養かもしれないよ」
町の々はさまざまに推測した。には、戦争で命を落としたの霊がを置いているなどと言いす者もいたが、源蔵はそんな話を信じなかった。
ただ、を置く者がなぜ毎朝、誰にも見られないを選ぶのかは気になった。レンガ壁にはの名も、慰霊を示す札もない。そこへ供えなければならない理由が、何かあるはずだった。
319の朝、源蔵は普段より30分く目を覚ました。の裏で顔を洗い、まだ暗い通りへると、軒ので息を潜めた。
午5をし過ぎた頃、川の方角からさなが現れた。擦り切れた着にいズボン、元にはきすぎる布靴を履いていた。
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は周囲を何度も見ながら、両で包んだ何かを切そうに持っていた。
レンガ壁のへ着くと、はしゃがみ込んだ。聞をき、いを3本並べた、両を膝のに置いて目を閉じた。
祈っているようにも、誰かと話しているようにも見えた。
「坊や」
源蔵が声をかけると、はびがるほど驚いた。逃げようとして歩がったが、を踏みそうになると、すぐにを止めた。
「らないよ。毎朝ここへを置いていたのは、君かい?」
は警戒した目で源蔵を見げた。痩せた頬にはが付き、髪は自分で切ったように揃いだった。齢は9歳か10歳ほどに見えた。
しばらくして、はさく頷いた。
「名は?」
「健」
「どうして毎、ここへを置くんだ?」
健はレンガ壁へ目を向けた。答えるかどうか迷った、聞き取れるかどうかという声で言った。
「約束だから」
「誰との約束だい?」
は壁の黒い焦げ跡を見つめたまま、しだけ唇をかした。
「パンをくれたおばさん」
源蔵はもう度壁を見げた。レンガの向こうにどのような暮らしがあり、誰がここでへパンを渡したのか、源蔵は何もらなかった。
しかし、そのから焼け跡に置かれるは、町の々にとって正体の分からない供え物ではなくなった。そこには、のがどうしても忘れたくない、名を持つ誰かの記憶が眠っていた。
の名は川健、9歳だった。