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完結第10話
昭和21年、港で「娘ではない」と言った母
「兄さん。この子は、私の娘ではありません」 昭和21年、引揚船から降りた母は、港で突然そう言った。 右手には、11歳ほどの少女の手を握っていた。 少女は青ざめ、母の袖へしがみついた。 「お母さん……?」 母はその場にしゃがみ、少女の肩を抱いた。 「ごめんね、春恵」 しかし日本へ届いた葉書には、母が連れ帰るのは《娘の文子》だと書かれていた。 では、文子はどこへ消えたのか。 その夜、母は兄夫婦の前で、引揚げ途中に起きたことを語り始めた。 「暗闇で一度だけ、娘の手を離してしまったの」時代|歴史|昭和1.5万字5 1973 -
完結第10話
昭和33年、父が隠した高校合格通知
「父ちゃん、今日も合格通知、来てない?」 正吉は新聞から目を上げず、「来てない」と答えた。 修一は、自分は落ちたのだと思った。 ところが翌朝、母が仏壇の引き出しから見慣れない封筒を見つけた。 宛名は修一。 差出人は、受験した県立高校だった。 震える手で封を切ると、そこには《合格》の二文字。 しかも消印は、三日前だった。 その日の夕方、修一は通知を食卓へ置いた。 「父ちゃん、これ知ってた?」 父はしばらく黙ったあと、低い声で答えた。 「ああ。俺が隠した」時代|歴史|昭和1.5万字5 537 -
完結第10話
昭和31年、給料日に消える父の秘密
「お父さん、どうして給料日だけ帰ってこないの?」 昭和31年、父は毎月その日だけ、夜遅くまで姿を消した。 酒も飲まず、賭け事もしない父だった。 それでも理由を聞けば、「男にはいろいろある」と口を閉ざした。 やがて父の腕時計が消えた。 次は冬のコート、その次は革鞄と大工道具だった。 不安になった母は、父が別の女性と会っているのではないかと疑い始めた。 ある給料日、中学1年の私は工場を出た父をこっそり追いかけた。 父が入ったのは酒場でも、女性の家でもなかった。 古い時計や工具が並ぶ、一軒の古物商だった。 15分後、父は持っていた包みを失い、代わりに数枚の紙幣を財布へ入れて出てきた。 その夜、母に問い詰められた父は、いつもと同じ厚さの給料袋を黙ってちゃぶ台へ置いた。時代|歴史|昭和1.5万字5 672 -
完結第10話
昭和39年、姉の「元気です」に隠された嘘
「元気です。心配しないでください」 昭和39年、15歳で東京へ集団就職した姉は、毎月その一行だけを送ってきた。 手紙好きだった姉が、家族へ何も書かなくなった。 しかも葉書の消印は、北区、荒川区、足立区、墨田区と毎回違っていた。 「姉ちゃん、本当はどこにいるの?」 妹が尋ねても、返事はまた同じだった。 《ちゃんと同じ工場で働いています。元気です》 正月にも帰らず、工場の住所さえ知らせない姉。 やがて同じ町から東京へ出た少女が、体を壊して帰郷した。 「春ちゃん、何度か私の寮へ来たよ」 そう言って少女が差し出したのは、青森の両親へ送った一通の手紙だった。 差出人は少女の名前――しかし、そこに並んでいた文字は間違いなく姉の筆跡だった。時代|歴史|昭和1.4万字5 782 -
完結第10話
給食を食べなかった少女
「先生、お腹が痛いです」 昭和30年、11歳の少女は給食の時間になると、毎日決まって教室を出ていった。 熱はなく、午後の授業には何事もなかったように戻ってくる。 不審に思った担任があとを追うと、少女は校舎裏で水だけを飲んでいた。 家では、何か月も給食費を払えていなかった。 「私だけ払ってないのに食べたら、ただでもらうみたいだから」 担任が給食を勧めても、少女はパンを弟へ持ち帰るようになった。 そして冬、机の中から硬貨の入った小さな封筒が見つかる。 「これは何のお金?」 「中学校へ行くためのお金です」 少女は自分の食べる分を減らし、受験費用を貯めていた。 だが父は、卒業したら働いて家計を助けるよう命じていた。 担任が封筒を父の前へ置くと、少女は震える声で初めて本心を告げた。時代|歴史|昭和1.5万字5 585 -
完結第11話
「もう来なくていい」17歳の姉が偽名で働き続けた理由
「高瀬さん、今日から工場へ来なくていい」 集団検診の翌朝、17歳の姉だけが門前で止められた。 寄宿舎へ戻ると、作業着も櫛も裁縫箱も、すべて紙箱に詰められていた。 理由を聞いても、姉は「知らん」としか答えない。 周囲では、盗みをしたのではないかという噂まで広がった。 3日後、妹は姉の前掛けから一枚の紙を見つける。 赤鉛筆で書かれていたのは、 《要精密検査》 姉は病院へ行かず、寄宿舎からも姿を消した。 一週間後、別人の名前で小さな縫製工場に勤めていることが分かる。 「病気やと決まったら、家族へ金を送れへん」 だが翌月、その名前の本当の持ち主が大阪へ来ることになった。 しかも工場では、全員の胸部検診が予定されていた。時代|歴史|昭和1.6万字5 208 -
完結第11話
「名前を書くな」公害病の申請を止めた父と、娘の「息がしたいだけ」
「その申請書に、名前を書くな」 昭和49年、ぜん息で学校の校庭に倒れた12歳の娘へ、父はそう言った。 父が18年間働いてきたのは、町の空を煙で覆う臨海工場。 申請すれば、治療費の負担が軽くなるかもしれない。 だが同じ頃、父には念願だった班長昇進の話が出ていた。 「会社と地域の間に立つ人間として、よく考えてほしい」 係長の言葉に、父は申請書を引き出しへしまった。 数日後、食卓に置かれた書類には、娘の名前だけが書かれていた。 「私、お父さんの会社を潰したいんじゃない」 娘は咳をこらえながら、父を見上げた。 「ただ、息がしたいだけ」 その週の土曜日、父は娘と役所を訪れた。 保護者署名欄を前に、父のペンは長い間止まったままだった。時代|歴史|昭和1.6万字5 148 -
完結第10話
昨日まで正しかった教科書
「昨日まで大事だと教えたのに、今日から黒く塗るんですか?」 昭和20年9月、終戦からひと月も経たない教室。 先生は墨と筆を並べ、国語と修身の教科書を塗りつぶすよう命じた。 昨日まで全員で暗記した文章が、黒い線の下へ消えていく。 しかし12歳の誠一だけは、筆を取らなかった。 「昨日まで正しかったものが、今日になったら間違いなんですか」 先生は答えられず、誠一の母が学校へ呼ばれた。 母は教科書を開くと、意外にも自ら墨の筆を握った。 「健兄ちゃんも、この教科書を信じて出征したんだよ!」 誠一が叫ぶと、母の手が止まった。 それでも母は、震える声で言った。 「兄ちゃんが信じたからこそ、あなたまで同じものに縛られなくていい」 やがて誠一は泣きながら本文を塗り始めた。 だが黒く染まったページの余白には、帰らない兄が鉛筆で残した一行だけがあった。時代|昭和1.4万字5 230 -
完結第11話
破られた団地当選通知
「せっかく当たったのに、どうして破いたんですか!」 昭和35年、7人で暮らす古い長屋に、公団住宅の当選通知が届いた。 風呂も水洗便所もあり、3人の子どもには初めて自分たちの部屋ができる。 家族全員が喜んだ3日後、その通知は4つに裂かれてゴミ箱から見つかった。 破いたのは、同居する母だった。 「一生、私たちをこの長屋に閉じ込めるつもりですか」 嫁に責められても、母は理由を話そうとしない。 息子夫婦は、破れた通知を持って公団の案内所へ向かった。 当選はまだ取り消されておらず、案内された部屋は日当たりのよい3DK。 ところが建物の前で、嫁の足が止まった。 割り当てられた部屋は、エレベーターのない4階だった。 その細く長い階段を見上げた瞬間、家族は母が通知を破いた本当の理由に気づき始めた――。時代|歴史|昭和1.6万字5 2823 -
完結第10話
百円だけの香典
「香典は、一世帯100円までにしてください」 昭和34年、父の葬式で長男が玄関に貼った一枚の紙に、親族は騒然となった。 父は従業員17人の町工場を30年営み、多くの人へ香典を包んできた。 「今まで受け取った分を返してもらうのが付き合いだ」 叔父も母も、紙を外せと迫った。 そこへ、亡き父から1000円を受け取ったという農家の男が現れる。 「3年かけて用意した。今度は俺が返す番だ」 だが長男は100円だけ受け取り、残りの900円を返した。 その対応に、母は「父さんが築いた信用を壊している」と泣いた。 長男自身も、自分が父の遺志を勝手に解釈しているのではないかと迷い始める。 通夜が終わった夜、玄関の紙を外そうとした、その時。 昼間の農家の男が、小さな風呂敷包みを抱えて戻ってきた。 そして返された900円の本当の使い道を告げた――。時代|昭和1.5万字5 1764 -
完結第11話
出生届を止めた助産婦
昭和30年の秋、信州の山村で二人の女が同じ夜に女児を出産した。介助したのは、村でただ一人の助産婦・松永ハルだった。 一人目の赤子を連れて次の難産へ駆けつけたハルは、夜明け前の混乱の中で、二人をほんのわずかな間だけ同じ布団へ寝かせてしまう。 翌日、ハルは異変に気づいた。最初に生まれた子の左肩にあった青い痣が、もう一方の家にいる赤子へ移っていたのだ。 「この子の出生届だけは、あと二、三日待ってください」 問い詰められたハルは、ついに二人の赤子を取り違えた可能性を告白する。しかし血を確かめる術のない時代、頼れるのは曖昧な記憶と、痣や足の形だけだった。 しかも二人の母親は、すでに三日三晩、腕の中の赤子へ乳を与え、泣けば抱きしめていた。元へ戻すべき命と、もう生まれてしまった情――戸籍には記せない選択を、二つの家族が迫られることになった。時代|歴史|昭和1.6万字5 1770 -
完結第10話
知らない家族が守った家
昭和27年、7年間接収されていた世田谷の自宅へ、ようやく戻った杉浦一家。 ところが庭には洗濯物が干され、家の中には見知らぬ母子が暮らしていた。しかも7歳ほどの少年が、杉浦家の仏壇に毎朝手を合わせていた。 「今週中に出ていってください」 家を取り戻した忠雄に譲るつもりはなかった。しかし母子には行き先がなく、二つの家族は一時的に同じ屋根の下で暮らすことになる。 やがて押し入れから、亡くなった母子の父親が残した古い帳面が見つかった。そこには屋根や雨戸、仏間を修理した7年間の記録が、細かな日付とともに記されていた。 「ここは自分たちの家ではない。いつか持ち主が帰ってくる」 少年が仏壇へ手を合わせていたのは、帰る場所を失った父が、まだ見ぬ家主のために守り続けた約束だった――。時代|歴史|昭和1.5万字5 322 -
完結第11話
母が守った「4人目」
昭和23年の冬。空襲で夫を亡くし、3人の子どもを育てる富美は、配給所へ行くたびに言い張った。 「うちは、子どもが4人です」 台帳に残るもう一人は、3年前の空襲で消息を絶った長男・正一だった。町内から「いない子の分まで受け取るのはずるい」と責められ、次男の昭夫まで学校で泥棒扱いされる。 耐えかねた昭夫が母に内緒で配給人数を訂正しようとすると、富美は物置へ彼を連れていった。そこには3年間、一粒も食べずに取っておいた正一の米があった。 「帰ってきた時、また“あなたの分はない”なんて言いたくなかったの」 しかし厳しい冬のある日、空腹で震える少年が家を訪れる。富美は長い間守り続けた甕を見つめ、やがて昭夫へ静かに告げた。 「取ってきて」――正一を待つための米が、今ここにいる子どもたちの命をつなぐ食事へ変わった夜だった。時代|歴史|昭和1.6万字5 628 -
完結第12話
開けなかった手紙
昭和49年、過疎化が進む瀬戸内海の白波島。住民がわずか10世帯になっても、郵便配達員の木村正吉は毎朝、渡し船に乗って島へ通い続けていた。 島の高台に一人で暮らす大崎源次郎には、離れて暮らす三人の子どもから毎週必ず手紙が届く。ところが正吉が偶然目にしたのは、封も切られないまま何十通も積み上げられた手紙だった。 「読まないなら、なぜ受け取るんだ」 問い詰められた源次郎は、ようやく秘密を明かす。一通を明日へ残しておけば、明日起きる理由になる――手紙は孤独な老人が自分のために用意した「明日の予定」だった。 やがて島への毎日の定期便が廃止され、源次郎も娘の暮らす堺へ移ることを決める。最後の船が出る直前、正吉は娘から届いた一通の手紙を手渡した。 いつもなら明日まで開けないはずの源次郎が、その場で封を切った。そこには「今度からは手紙を書きません」と記されていた――もう手紙を残さなくても、明日になれば同じ家で話せるから。時代|歴史|昭和1.7万字5 228 -
完結第11話
最後の転校届
昭和40年、ダム建設によって水没する杉ノ沢村では、家々が次々と解体され、ただ一つの小学校にも5人の児童しか残っていなかった。 女性教師・森山佳代子が気にかけていたのは、6年生の中村修一だった。ほかの家族が転校手続きを終える中、修一だけは転校届を持ってこない。父親は移転に反対していないはずなのに、なぜ息子の進路だけ決めないのか。 ある日、佳代子が中村家を訪ねると、家はすでに取り壊されていた。修一は一か月以上も前に移転し、十数キロ離れた新居から、雨の日も自転車で旧村の学校へ通い続けていたのだ。 「なくなるなら、最後までいたい」 卒業まで杉ノ沢小学校へ通いたいと訴える修一。しかし冬が訪れ、雪にまみれて登校した少年を前に、佳代子はついに父親が差し出した転校届を受け取る。 故郷を奪いたくないという少年の願いと、未来へ送り出さなければならない教師の責任。村が湖底へ消える最後の春、二人の別れをつなぐ一枚の写真が残される――。時代|歴史|昭和1.6万字5 194 -
完結第10話
16歳、家を出た姉
昭和8年、不況と凶作に苦しむ岩手の山村で、16歳の千代は両親と4人の弟妹と暮らしていた。 米櫃は底をつき、母は自分の食事を幼い子どもへ譲り、父は昼飯も持たずに働いていた。父から奉公を禁じられた千代は、「私が一人減れば、四人分でいいでしょ」という置き手紙を残し、家族に黙って盛岡の料理屋へ向かう。 3か月後、千代から5円の郵便為替が届いた。それから毎月、同じ料理屋の名で仕送りは続いたが、千代自身の手紙だけは一度も届かなかった。 2年後、不安を抱いた弟の勇一は、貯めた汽車賃を握りしめ、一人で盛岡へ姉を捜しに行く。ところが料理屋の女将から告げられたのは、思いもよらない事実だった。 「千代なら、ここには3か月しかいなかったよ」 では、毎月途切れずに届いていた5円は、どこで働く誰が送っていたのか。家族を生かすために居場所も言葉も隠した少女と、姉の行方を追う弟の長い旅が始まる――。時代|歴史|昭和1.5万字5 1226 -
完結第11話
帳簿から消えた14歳
大正5年、大阪の小さな食品加工工場で働く19歳のトミと、14歳の妹・ハル。父を亡くした姉妹の給金は、故郷に残る母と弟たちの暮らしを支える、唯一の収入だった。 やがて女性や年少者の働き方を制限する「工場法」が施行され、トミは、妹が夜遅くまで働かされる日々もようやく終わると信じる。 ところが翌朝も、工場では何一つ変わらなかった。不審に思ったトミが事務所の職工名簿を開くと、そこから14歳のハルをはじめ、年若い女工たちの名前だけが消えていた。 代わりに記されていたのは、実在しない17歳の男工《松崎春吉》。名字も住所も入職日も、すべてハルと同じだった。 工場はなぜ少女たちを別人として記録したのか。そして、妹自身もなぜその嘘を受け入れているのか。家族を養うために働かなければならない少女たちと、妹の名前を取り戻そうとする姉が、「守られること」の厳しい現実に直面する――。時代|歴史1.7万字5 134 -
完結第10話
上野駅、弟が消えた夜
昭和23年。空襲で両親を失った15歳の照子は、9歳の弟・勇とともに、上野駅の地下道で暮らしていた。 どれほど離れて行動しても、夜になれば必ず大きな柱のそばへ戻る。それが、姉弟が生き延びるために交わした、たった一つの約束だった。 ところがある冬の夕方、照子が地下道へ戻ると、柱の下には勇の靴が片方だけ残されていた。駅前や闇市を必死に捜しても弟は見つからず、警察も家のない子どもの訴えをまともに取り合ってはくれなかった。 数日後、勇が郊外の児童保護施設にいると知った照子は、すぐに会わせてほしいと頼む。しかし職員から告げられたのは、思いもよらない言葉だった。 「弟さんは、姉はいないと言っています」 寒さも空腹も二人で耐えてきたはずなのに、なぜ勇は姉の存在を隠したのか。戦後の地下道で離ればなれになった姉弟が、それぞれ胸に抱えていた小さな決意が明らかになる――。時代|歴史|昭和1.5万字5 311 -
完結第10話
焼け残った家を壊せと言われた
昭和23年、戦争の傷跡が残る東京の下町で、信一は父とともに、空襲を奇跡的に免れた小さな豆腐屋を守っていた。 ところがある日、役所の職員が店先に白い杭を打ち、「この場所には、もう家を建て直せません」と告げる。新しい道路の予定地になったため、焼け残った家も取り壊さなければならないというのだ。 駅近くの換地へ移れば、商売を大きくできる。そう考える信一に対し、父の清吉は頑として立ち退きを拒み、母まで「この家を離れられない」と言い出した。 なぜ両親は、暮らしやすい新天地より、焼け跡に残った古い家にこだわるのか。 やがて母が仏壇の引き出しから取り出した一冊の帳面によって、信一は、この家に戦後から守られてきた「ある記憶」があることを知る――。時代|昭和1.5万字5 166 -
完結第10話
18年妻だったのに、他人にされた
明治31年、信州の宿場町で酒屋を営んでいた清吉が、流行り病で突然亡くなった。 妻の千代は、18年連れ添った夫を送り出すため、通夜から葬式まで休むことなく働いた。三人の子を育て、店を切り盛りし、町の誰もが彼女を「松乃屋の奥さん」と呼んでいた。 しかし葬式の翌朝、本家の兄が一冊の書類を持って現れる。 「あなたは、清吉の妻として入っていない」 戸籍に名前がない。正式な嫁ではない。松乃屋も土地も家も、本家のもの――。 18年積み重ねた夫婦の暮らしは、一枚の書類で否定されてしまうのか。 夫を失ったばかりの千代に突きつけられた、あまりにも冷たい現実。だが、彼女が守ってきたものは、家でも看板でもなかった。 明治の「家」制度に翻弄されながらも、母と子どもたちが自分たちの居場所を取り戻していく物語。時代|歴史1.5万字5 175