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完結第10話
18年妻だったのに、他人にされた
明治31年、信州の宿場町で酒屋を営んでいた清吉が、流行り病で突然亡くなった。 妻の千代は、18年連れ添った夫を送り出すため、通夜から葬式まで休むことなく働いた。三人の子を育て、店を切り盛りし、町の誰もが彼女を「松乃屋の奥さん」と呼んでいた。 しかし葬式の翌朝、本家の兄が一冊の書類を持って現れる。 「あなたは、清吉の妻として入っていない」 戸籍に名前がない。正式な嫁ではない。松乃屋も土地も家も、本家のもの――。 18年積み重ねた夫婦の暮らしは、一枚の書類で否定されてしまうのか。 夫を失ったばかりの千代に突きつけられた、あまりにも冷たい現実。だが、彼女が守ってきたものは、家でも看板でもなかった。 明治の「家」制度に翻弄されながらも、母と子どもたちが自分たちの居場所を取り戻していく物語。時代|歴史1.5万字5 175 -
完結第10話
毎日パンを持ち帰る少女
昭和38年、東京近郊の小学校で、5年生の和美は毎日、給食のコッペパンを半分だけ鞄にしまって帰っていた。 貧しいからなのか。家に小さな弟がいるからなのか。教室では噂が広がり、担任の芳江もその理由を気にかけるようになる。 しかし家庭訪問で分かったのは、和美の家が食べ物に困っているわけではないということだった。 それでも祖父は、孫が持ち帰るパンを毎日じっと見つめ、決して食べようとはしない。 なぜ老人は、学校で出された一個のパンにそこまでこだわったのか。 その理由には、戦争と食糧難の時代を生き抜いた祖父が、長い間胸に抱え続けてきた記憶が隠されていた――。時代|歴史|昭和1.5万字5 870 -
完結第11話
卒業写真にいた父
昭和40年、北関東の小さな町にある写真館で、小学校の卒業写真が撮られた。 六年二組、38人。式を終えた子どもたちは、胸に紙の花をつけ、少し誇らしげにカメラの前へ並んだ。数日後、記念写真は全員に配られるはずだった。 しかし、三上健司の分だけは届かなかった。 写真館の店主は「失敗した」とだけ告げたが、健司にはどうしても納得できなかった。自分だけ写真をもらえなかった理由を知らないまま、彼は大人になり、故郷を離れていく。 それから長い年月が過ぎ、閉店間際の写真館を訪れた健司は、古い封筒の中に残されていた一枚の写真を見つける。 そこには、確かに12歳の自分が写っていた。 では、なぜあの日、その写真だけ焼き増しされなかったのか。 写真の端に写り込んでいた小さな影が、健司の知らなかった家族の秘密を静かに映し出していた――。時代|歴史|昭和1.7万字5 3103 -
完結第11話
新幹線の日、父は駅弁を売らなかった
昭和39年10月1日。東海道新幹線が開業し、日本中が「夢の超特急」に沸いていた朝。 静岡の小さな駅で30年駅弁を売ってきた石田栄吉は、その日だけ木箱に弁当を詰めようとしなかった。 炊き上がったご飯も、煮物も、玉子焼きもある。駅前には祝賀の小旗が並び、息子の明夫は「今日こそ一番大事な日だ」と父を責める。 しかし栄吉は、古い腕時計を見つめたまま静かに言った。 「今日は売らない」 新幹線の時代を嫌ったのか。それとも、変わっていく世の中についていけなくなったのか。 だが昼前、明夫は家に残された古い時刻表を見つける。赤鉛筆で丸をつけられていたのは、もう二度と同じ形では来ない一本の普通列車だった。 父が本当に見送りたかったものは、列車だけではなかった――。時代|歴史|昭和1.6万字5 473 -
完結第11話
日本人に戻れた父、戻れなかった娘
昭和27年4月28日。講和条約が発効し、日本が再び独立国として歩み始めた日、父はラジオの前で静かに喜んだ。 「これで俺たちも、ようやく日本人に戻れたようなもんだ」 しかし、20歳の娘・美津子だけは笑わなかった。 彼女は満州の奉天で生まれ、13歳までそこで暮らした。父にとって日本は「帰ってきた祖国」だったが、美津子にとって日本は、戦後に初めて足を踏み入れた知らない土地だった。 引き揚げ後の暮らし、周囲の視線、結婚を前に突きつけられる“向こう生まれ”という言葉。 「私の故郷は、誰が決めるの?」 講和の日に交わされた父と娘の一言は、長く黙ってきた家族の傷を静かに浮かび上がらせていく――。時代|歴史1.6万字5 99 -
完結第11話
毎週木曜、つながらない番号へ
昭和34年の秋、山あいの小さな町で交換手として働く19歳の美代子は、毎週木曜の夜8時40分にかかってくる奇妙な電話に気づく。 駅前の赤電話から、決まって同じ女が頼む番号。 「三七二番をお願いします」 しかしその番号は、半年前に閉鎖された繊維工場の女子寄宿舎のものだった。もう誰もいないはずの場所へ、女は雨の日も風の日も、同じ時刻に電話をかけ続けていた。 やがて美代子は、古い接続記録の中に不自然な最後の通話を見つける。 昭和34年3月12日。 その夜を境に、寄宿舎からの電話は途絶えた。 そして11月最初の木曜日、今度は若い男の声が交換台に届く。 「妹を探しています」 半年間つながらなかった番号と、夜勤者名簿から赤い鉛筆で消された一人の少女。 閉ざされた寄宿舎で、あの夜いったい何が起きたのか――。歴史|昭和1.6万字5 244 -
完結第11話
帰ってきた長男に家はなかった
昭和21年の春、10歳の正一は母に手を引かれ、復員列車から降りてくる父を待っていた。 3年前に出征した父・慎太郎は、痩せ細った姿でようやく故郷へ戻ってきた。母は泣き崩れ、正一は家族が元に戻ると信じた。 しかし、呉服店の前に立った祖父は、帰ってきた父に向かって言った。 「お前は、この家には入れん」 父がいない間、店を守っていたのは弟の隆次だった。さらに父の後ろには、引き揚げの途中で出会った若い女性の姿があった。 待ち続けた妻、店を守った弟、帰る場所を失った女性、そして戻ったはずの家に居場所をなくした父。 戦争が終わっても、家族の時間は元には戻らない。 復員列車が運んできたのは、再会の喜びだけではなかった――。時代|歴史|昭和1.6万字5 3085 -
完結第10話
銀行員の妻も列に並んだ日
昭和2年、大阪。 銀行の前には、通帳と印鑑を握りしめた人々の長い列ができていた。怒号が飛び交う中、銀行員の藤田清吉は何度も声を張り上げる。 「預金は安全です!」 しかし清吉自身、その言葉を心から信じてはいなかった。前夜、支店長室で告げられたのは、銀行がすでに危うい状態にあるという現実だった。 それでも行員として、人々を落ち着かせなければならない。 そう思って列の前に立った清吉の目に、ある人物の姿が飛び込んでくる。 通帳を握りしめ、預金を下ろす列に並んでいたのは、ほかでもない清吉の妻・春江だった。 銀行を守るのか、預金者を守るのか、それとも家族を守るのか。 昭和金融恐慌の混乱の中で、一人の銀行員が向き合ったのは、お金よりも重い「信用」の崩壊だった。時代|歴史|昭和1.5万字5 121 -
完結第10話
米蔵を開けた娘
大正7年、米の値段が日に日に上がり、人々の暮らしが追い詰められていた大阪の町。 長屋街で米屋「山城屋」を営む徳蔵の娘・千代は、店先で米を買えずに帰っていく母親たちの姿を見て、胸を痛めていた。けれど店の裏の蔵には、まだ何十俵もの米が積まれている。 なぜ父は、困っている人たちに米を売らないのか。 商売を守ろうとする父と、目の前の空腹を見過ごせない娘。ある日、父が店を離れた隙に、千代はついに蔵の鍵を手に取る。 しかし、善意で開けたはずの蔵の扉は、町の怒りを一気に呼び込んでしまう。 米を求める人々が押し寄せる中、父・徳蔵が向かった先は警察だった。 あの日、蔵の前で父と娘が見たものは、ただの米騒動ではなかった。 一杯の飯をめぐって、商売の責任と人の暮らしが激しくぶつかった夏の物語。時代|歴史1.4万字5 3539 -
完結第10話
米はあるのに、田を売った
明治6年、信州の小さな村に新しい税の知らせが届いた。 これまで米で納めていた年貢は、これから「金」で納めることになるという。百姓の源蔵は、米を売れば払えるはずだと考えていた。田はあり、家族も働き、蔵には米俵も積まれている。何も変わらないように思えた。 しかし豊作の秋、源蔵は思い知らされる。 米はある。けれど、税を払う金が足りない。 土地には値段がつき、米にも値段がつき、農家の暮らしは少しずつ追い詰められていく。やがて源蔵は、祖父の代から守ってきた田を一枚売る決断を迫られる。 「米を作るだけじゃ、駄目な世の中になったんだ」 父がその言葉を口にした日、息子も娘も、それぞれの人生を選び始める。 明治という新しい時代の波が、一軒の農家に突きつけた残酷な現実とは――。時代|歴史1.4万字5 343 -
完結第11話
姉の代わりに嫁いだ私
大正14年、京都の呉服商「松木屋」で、18歳の志津は父から残酷な命を受ける。 亡くなった姉・千代の代わりに、姉の婚約者だった宗一郎と結婚しろ――。 姉の葬儀からまだ12日。悲しみも癒えないまま、志津は家の借金と跡取り問題のために、自分の人生を差し出されることになる。 望まれない祝言、姉と比べられる日々、傾きかけた店。そして、夫となった宗一郎もまた、家のために夢を諦めた人だった。 やがて志津は、亡き姉が隠していた一通の手紙を見つける。 そこに書かれていたのは、姉が最後まで抱えていた本音と、志津の人生を大きく変える言葉だった。 「姉の代わり」として嫁いだ娘が、時代と家に縛られながらも、自分の生き方を選び直していく物語。時代|歴史1.6万字5 377