"席次表から消された姉" 第8話
冴子さんは優雅にカップを持ちげ、ひとくちを湿らせると、目を細めて私を見つめた。
「昨夜、翔太から聞きましたわ」
本題は、何の触れもなく切りされた。
「席次表のことで、し揉めたのだそうですね。お姉様の席のことで」
「……はい」
「美奈さん」
冴子さんはスプーンをソーサーに置いた。かすかな陶器の触れう乾いた音が、やけに鋭く響く。
「結婚というものはね、単に若いおふたりが好きうだけでは成りちませんの。特に、がのように域やお仕事でお付きいの広い柄になりますとね、親族同の『品格』が、そのまま夫となる翔太の社会な信用に直結いたしますのよ」
「……品格、ですか」
「ええ」
冴子さんは目を細め、まるで儀の悪い子猫を諭すような、猫撫で声で続けた。
「お姉様のご職業を悪く言うつもりは毛ございませんのよ。世のには、あのようなお仕事をしてくださる方も必ですものね。でもね、美奈さん。ああいうお仕事をなさる階層の方というのは、どうしても特の活や卑しさがについてしまうものですの。言葉遣いやち居振るい、それに……漂う空気とでも申しましょうか」
品な言葉遣いでコーティングされているが、そのは吐き気を催すほどの猛毒だった。 『あのようなお仕事』『階層の方』『卑しさ』。
広告
姉が誇りを持って、利用者の尊厳を守るために々すり減らしている仕事を、この女は平然と「卑しい」と言い放ったのだ。
「鈴の親族席に、そのような方を座らせるわけにはまいりませんでしょう? わたくしたちが恥をかくだけならまだしも、いずれ美奈さんご自が、親族ので肩の狭いいをなさるのよ。わたくしはね、しい娘となる美奈さんのをいやって、を鬼にして申しげておりますの」
翔太と全く同じ論理。 『おのためをって』という美名で包まれた、純度百パーセントの排除と支配。
私はカップを持つを震わせながら、冴子さんの完璧に入れされた皙の顔をまっすぐに見据えた。
「お義母様。ひとつだけ、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「何かしら?」
「の、お父様が入院された際のことです。……お姉ちゃんは、本当にお父様の夜の病をしていたのでしょうか」
冴子さんの眉が、ほんの瞬だけピクリとねがった。 扇子をきかけた指先が止まり、その瞳の奥に、氷のようにたく鋭いが宿ったのを、私は見逃さなかった。
だが、次の瞬には、彼女は何事もなかったかのようにしげに眉をの字に寄せ、ため息をついてみせた。
「……まあ、お姉様はそんなことまで美奈さんにお話しになったの?」
「本当なんですか?」
広告
「本当に困った方ね」
冴子さんはさく首を横に振った。
「あの、お姉様が『美奈さんのためにがのお役にちたい』と涙ながらにおっしゃるものですから、わたくしも無にお断りできなくて、ほんの数回、夜の様子を見守る程度のお伝いをお願いしただけですのよ。それを、まるで何ヶもすべてをお世話なさったかのように袈裟におっしゃるなんて……やはり、育ちというものは隠せませんわね。恩着せがましいというか、何の見返りを求めていらっしゃるのかしら」
「数回……だけだったのですか?」
「ええ、そうですとも」
冴子さんは柔らかな笑みを浮かべ、テーブル越しに私のに自分のをねてきた。 く滑らかな、労働など度もしたことがないであろうたいだった。
「美奈さん。賢いお嫁さんになりたいのならね、『けてはならない扉』というものをらなくてはなりませんのよ。がのような格式あるに入れば、の雑音にはを貸さず、夫と婚を信じて従うこと。それが、あなたが鈴で幸せになるための、唯の秘訣ですわ」
それは、らかな脅迫だった。 これ以詮索するな。真実にづくな。黙って従え。 さもなければ、おの居所を奪う――。
なる冴子さんのから伝わるたさに、私は背筋が粟つのをじていた。
* * *
翌、私は会社に休暇を申請した。 どうしても、自分の目で確かめなければならない所があった。
の曇り空の、私は田区にある総病院のにっていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第28話
父の治療費70万円を拒んだ夫と、葬儀で開いた黒い封筒
父の治療費70万円を「俺には関係ない」と拒んだ夫・浩一。しかもその裏で愛人との旅行を予約していた彼は、美咲に離婚を突きつけながら、「離婚後も母さんの介護は続けろ」と要求する。5年間、美咲が義母のために支払った金額は2280万円を超えていた。 だが浩一たちは知らなかった。地方の医師だと思っていた美咲の父が、全国に介護・医療事業を展開する巨大企業の創業者で、株式63%を管理する信託の受益者が美咲だったことを。 さらに義弟・修二が美咲名義の委任状を偽造し、密かに口座を調べていた事実まで発覚。 そして1ヶ月後、父の葬儀に現れた浩一は、なおも「母さんの介護に戻れ」と命じる。美咲は親族全員の前で、父が遺した黒い封筒を静かに開いた――。夫婦|親不孝|修羅場4.2万字5 3 -
完結第10話
逆ギレ夫の家出、怪奇な検針票
「俺がいないと飯も食えないくせに!」 不倫を追及された夫・浩介は逆ギレし、十四年の結婚生活を捨てて家を飛び出した。 途方に暮れるはずの私と二人の子どもたち。だが翌月、ポストに届いた検針票が奇妙な異変を告げていた。 電気代は半額、ガス代は三分の一、月十一万円だった食費は半分以下へ激減。消えた大黒柱の正体は、家族を支える柱ではなく、家計を食い潰すただの浪費装置だったのだ。 二ヶ月後、「反省したなら戻ってやる」と傲慢に玄関を開けた夫。その足元に、私は弁護士と共に用意した書類を滑らせた。 「誰のおかげで暮らせていたのか、答え合わせをしましょうか」介護1.5万字5 473 -
完結第11話
認知症に仕立てた息子夫婦が奪った実印は偽物だった
雪の降る夕方、はる子は息子・健二と嫁・さやかに「ドライブへ行こう」と誘われ、そのまま人里離れた介護ホームへ置き去りにされる。携帯電話まで奪われ、外出も自由にできない中、彼女はようやく「息子夫婦に捨てられた」と悟った。 さらに2人は、はる子に正体不明の薬を飲ませて混乱させ、認知症の診断を取ろうとしていた。 目的は、失敗したカフェ経営で消えた3000万円と、闇金から借りた2000万円を穴埋めするため、成年後見制度を利用して母の通帳と家を奪うことだった。 しかしはる子は密かに認知症のふりを続け、ズボンに隠したペン型録音機で「後見人になれば通帳も家も私たちのもの」という嫁の声を記録する。 何も分からない老人を演じながら、彼女は息子夫婦が自ら罠に入る瞬間を静かに待ち始める――。親不孝|金銭問題|修羅場1.6万字5 263 -
完結第16話
通訳を笑われた家政婦は、会長が20年前に捨てた娘
60億円規模の投資契約を目前に、ドイツ語通訳が事故で欠席。窮地に陥った大和グループで「私がやります」と名乗り出たのは、3年間ほとんど口も利かず働いてきた家政婦・森下美咲だった。 「家政婦の分際で」と会長・神崎大造に嘲笑され、失敗すれば即解雇、成功すれば月給10倍という条件を突きつけられるが、美咲は完璧なドイツ語で会談を進め、120ページの契約書に潜む不利な条項まで見抜いてしまう。さらに5か国語を操る知識と実力に投資家側も驚愕し、美咲をプロジェクトの中核に据えなければ契約しないと要求する。追い詰められた大造の前で、美咲はついに20年間封印してきた本名を告げる。「神崎美咲です。会長の娘です」 彼女こそ、妊娠8か月の冬の夜に大造自身が家から追い出した実の娘だった。20年越しの再会で、美咲が本当に取り戻そうとしていたものが明らかになっていく――。職場逆転|修羅場2.4万字5 6779 -
完結第27話
月5000円を貯めて泊まった旅館で、妻が「お嬢様」と呼ばれた
手取り23万円の配送ドライバー・かずやは、毎月5000円を5年間貯め、妻・彩佳と10歳の娘・ゆいを初めての家族旅行へ連れていく。ところが山奥の旅館へ着いた瞬間、出迎えた老紳士は彩佳に深々と頭を下げ、「お嬢様、お帰りなさいませ」と告げた。 実は彩佳は、創業150年を超える老舗旅館の一人娘だった。 かつて父の勧めで結婚した夫は旅館の信用と財産を利用しようとし、離婚して幼いゆいを連れ戻った彩佳に対しても、父は娘の苦しみより「旅館の評判」を優先した。 それ以来、実家を離れ質素に生きてきた彼女は、5年越しの旅行を機にようやく過去と向き合う決意をする。突然明かされた妻の素性に戸惑うかずやだったが、「俺が家族になりたかったのは彩佳とゆいだ」と伝える。 そしてこの旅は、長く閉ざされていた親子3代の関係を大きく動かしていく――。夫婦|第二の人生|修羅場4.1万字5 1210 -
完結第19話
10年間外に出ていない妹が妊娠、母は病院を拒んだ
10年間も寝たきりの妹・知恵の腹部が、ある日わずかに膨らんでいることに気づいた和美。妊娠検査薬はすべて陽性だったが、父親を尋ねても知恵は「彼が誰か知ったら家族が壊れる」と口を閉ざす。 妹の命を守ろうと中絶を決意した和美は、やがて自分自身の記憶にも不自然な空白があることに気づく。そして母を問い詰めた末、2年前、和美が権力者から襲われかけて抵抗し、刑務所へ追い込まれていた過去が判明。さらに、知恵は姉を救うため、自らその一族との取引を受け入れていたのだった。 和美が「自分が妹を守ってきた」と信じていた10年間。しかし本当に人生を犠牲にして姉を守り続けていたのは知恵の方だった。そして今、彼女のお腹に宿った子の父親こそ、封印されていた過去へ繋がる人物だった――。親子関係|修羅場|不倫2.9万字5 859 -
完結第14話
40度の熱で倒れた娘と、校門前の黒い高級車
40度を超える高熱で倒れた20歳の女子大生・桜。大学病院へ運ばれた彼女の身体から、医師は腰に広がる不自然なあざと、暴行を疑わせる損傷を発見する。 やがて桜は「脅迫されました」と涙ながらに告白。前夜、彼女を高級車に乗せた男は、金と人脈を持つ有名実業家・佐々木だった。 佐々木は奨学金や仕事の援助を装って近づき、拒絶すれば学生生活を壊すと脅していた。 さらに病院へ口封じの男たちまで送り込まれ、桜の携帯には脅迫メールや写真が残されていることが判明する。 そして捜査の最中、佐々木の車と関係する別の女子学生が失踪。自分だけの事件ではないと知った桜は、恐怖に震えながらも「もう沈黙しません」と証言を決意する――。真実|修羅場2.1万字5 1954 -
完結第18話
夫が遺した土地と、隣家の3台の車
夫・正夫を亡くしてまだ3か月。65歳の照子に、隣人・真由美は「もう使う人はいないでしょう」と夫の物置を片づけ、20年間無償で借りてきた土地へ3台分のカーポートを建てたいと言い出す。 しかも「20年使えば、もううちのものみたいなもの」と返還まで拒もうとした。 しかし夫の書類箱から見つかったのは、村上家自身が「無償でお借りします」と署名した20年前の便箋。さらに正夫の手帳には「村上さんに空き地の話」「畑の土」「玉ねぎの苗」と、秋に土地を返してもらう計画が残されていた。 やがて照子の知らないところで、物置撤去を前提に業者まで呼ばれていたことが発覚する。 亡き夫の親切を“当然の権利”に変えようとする隣人に、照子は残された記録を手に、20年続いた曖昧な関係へ初めて線を引く――。日常ホラー|修羅場2.0万字5 892