みかん小説
本棚

"三十二人目の卒業写真" 第19話

汁の気配が、静かな部に満ちていく。 折、誰かがぽつりと当にした。 葵が黒板を拭くのがだったこと。 に、野良猫を昇の傘てのに隠していたこと。 算数のテストで、百点を取って本当に嬉しそうに笑っていたこと。

度もにされることのなかった女の記憶が、ようやく彼らのから、自然な温もりを持って語られ始めていた。 名簿の記録は変えられない。 あの卒業アルバムの集写真に、彼女の姿が戻ることもない。 だが、彼らのに刻まれていた「」という偽りの数字は、今、静かに「」へとき換えられていた。

会が終わったのは、夜のを回った頃だった。 で、私たちは互いにい、言葉なに別れた。 藤はどこかすっきりとした表で夜のへと歩きし、野と宮田も静かに駅へ向かった。

に残った藤が、私に向き直った。

「先」 「ん?」

「あの絵、先が持っててください」 藤はく笑った。その顔には、初めて見る代の男の、穏やかな相応の表があった。

「俺の元にあるより、あんたの斎にある方が、あいつも納得するでしょうから」

「……ありがとう。切にするよ」

藤はさくを挙げ、夜のへ消えていった。 その取りは、昼に見たよりも、ずっと軽やかに見えた。

広告

翌朝、私はで町の川沿いの堤防を歩いていた。

昨夜のはすっかりがり、つないの青空がどこまでも広がっていた。 川面には朝のが反射し、の鱗のようにキラキラと輝いている。 に植えられた桜の々は、若葉の鮮やかな緑に覆われ、初の気配配を漂わせていた。

私はを止め、川を胸いっぱいに吸い込んだ。 たく、澄んだ空気が、肺の隅々まで染み渡っていく。 の教員活が終わった。 私は、誰からも賞賛されるような「完璧な名教師」として教壇をりることはできなかった。 涯消えない汚点を抱え、教え子たちに傷を負わせた、完全で、臆病なの老に過ぎなかった。

だが、私のは、この数で最も澄み切っていた。 胸ポケットにを当てると、昨夜持ち帰ったあの緑の缶が、かすかにカチリと音をてた。

私は缶の蓋をけ、いハッカ飴を粒、指でつまみしてに放り込んだ。

い清涼と、に抜けるような苦、そして遅れてやってくる微かな甘さが、舌のに広がった。 涙が、自然と筋だけ頬を伝った。 しい涙ではなかった。 悔の痛みをそのまま受け入れ、これからの余を、嘘をつかずにきていくための、静かな覚悟の涙だった。

私は空を見げた。 どこまでもく、どこまでも青い空の向こうに、あのの教の窓が見えるような気がした。

「元気配でいてくれよ」

声にして、私はさく呟いた。 返事はもちろん聞こえない。 だが、川面を渡る柔らかなが、まるで女の返答のように、私の髪を優しく揺らして通り過ぎていった。

私は再び歩き始めた。 を踏みしめる私の音は、静かに、確かなみを持って、どこまでも続いていた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: