"妻の手術翌朝、七通の解約通知" 第24話
「私はただ、あなたと衝突するのが怖かっただけ。鳴られたり、嫌になられたりするのが嫌で、対話を放棄していた。そしてのどこかで、『私はこれだけして、でを守っている被害者だ』っていう徳な優越に浸っていたのよ。あなたを最初から『話の通じないATM』として切り捨てて、庭の輪から締めしていたのは、私の方でもあったの」
乾いたが、窓ガラスをかすかに揺らした。
どちらか方だけが悪かったのではない。
無関という特権に甘えた夫と、被害者識という殻に閉じこもった妻。が共謀して作りげた歪なシステムが、あの、彼女の病気というさなきっかけによって、必然として崩壊したのだ。
「これからは」
私は顔をげた。
「また、揉めるだろうな。親父の介護度もそのうちがるだろうし、健太の受験もある。のことで、また鳴りいになるかもしれない」
「そうね」
真由美はクスッと笑った。
「でも、次は逃がさないわよ。全部、このノートのに座ってもらうから」
彼女はテーブルののA5の学ノートを、指先で軽く叩いた。
そこには、の格好なきの文字で、これからのがのルールが、活の痛みが、克に刻み込まれていた。
「ああ。逃げないよ」
私は麦茶をみ干した。
喉を通る温かさが、体の芯まで染み渡っていくようだった。
広告
季節はに巡り、には犀の甘いりが漂い始めていた。
のある曜の朝。
私はリビングのダイニングテーブルで、老鏡をかけながら、世田区から届いた分い封筒と格闘していた。
父の清の、の定期ケアプラン更類だ。
介護3の区分変更に伴い、訪問入浴のスケジュールと、デイサービスの加算項目の確認をしなければならない。元の帳には、来週曜の午、坂井ケアマネジャーと実で面談する予定が黒いペンでき込まれていた。
平の業務のを縫っての介護調は、相変わらず胃が痛むほど過酷だった。
先週も、役員会に向けた事すりわせの最に実の母から「お父さんが靴を履いたまま徘徊しようとしている」と話が入り、私はや汗を流しながらに会議のを頼み、世田へをらせたばかりだ。
かつての私なら、舌打ちをして真由美に話をかけ、「どうにかしろ」と鳴り散らしていただろう。
だが今は、それが「私の親の命を背負う」ということの、最限のコストなのだと理解していた。
カチャカチャと、キッチンから気よい包丁の音が聞こえてくる。
真由美が、朝の噌汁の具材を切っていた。
体調は完全に回復し、先から週のパートにも復帰している。
広告
彼女の着ているは、相変わらず質素なものだったが、先、私の遣いから捻した誕のプレゼントとして贈った、しだけ質な革のトートバッグが、リビングのフックに誇らしげに掛けられていた。
「おい、真由美」
私は類から顔をげ、キッチンに向かって声をかけた。
「来ののネット回線、期割の更通が来てるぞ。プロバイダの乗り換えキャンペーン使えば千円くなるんだが、違約との兼ねいがある。比較表を作っておいたから、ちょっと見てくれないか」
まな板のの包丁の音がピタリと止まり、真由美がエプロン姿のまま振り返った。
彼女は私の元にあるエクセルの方をチラリと見やり、それから悪戯っぽく眉をげて、首を横に振った。
「見ないわよ」
「……は? なんでだよ」
「通信費とプロバイダの管理は、あなたの担当でしょう? 冊目のノートにそういたじゃない」
「いや、でも、おの見も聞いておかないと、で文句を言われても困るし……」
「言わないわよ、自分で決めた結果なら」
真由美は噌汁の鍋におたまを入れながら、カラカラと笑った。
「自分で調べて、自分でリスクを背負って、自分で決めてちょうだい。のバックオフィス担当さん」
「……厳しいな、相変わらず」
私は苦笑いしながら、再び類に線を落とした。
文句を言いながらも、私の元には微かな笑みが浮かんでいた。
かつて、このを満たしていたあの息の詰まるような完璧な静寂は、もうどこにもない。
ここにあるのは、摩擦と、愚痴と、々の計算と、お互いに責任を押し付けわずに奪いう、騒がしくも確かな活の音だった。
玄関のドアがき、「ただいまー」と、朝のランニングから帰ってきた健太の弾んだ声が響いた。
居のルーターでは、緑のアクセスランプが、規則正しく、力く点滅を繰り返している。
切断された本のケーブルが、再びこのを繋ぎ止めてから半。
私たちは今も、臭い現実の真んで、探りのまま、で族の舵を握り続けている。
広告
おすすめ作品
-
完結第23話
母の職場で死んでいた私
母の定年退職をサプライズで祝うため、私は東京から新幹線に乗り宴会場へ駆けつけた。お祝いの品を手にして扉を開けた瞬間、母の同僚は手にしたグラスを取り落とし、顔を青ざめて後ずさりした。毎年盆と正月には実家へ顔を出し、仕送りも続けていたはずの私は、母が二十八年勤めた職場では十五年前に事故で亡くなった娘として扱われていた。ステージを駆け下りてきた母は私の手首を強く掴み、そのまま非常階段へと力任せに引きずり出した。親不孝|親子関係|退職金|修羅場3.5万字5 0 -
完結第23話
締め出された新社長
父から印刷会社を継ぎ、代表取締役として誰よりも早く出社した初日の朝、私のカードキーだけが赤く点滅して通用口が開かなかった。清掃員や入社三カ月の新人、配送トラックが次々と通過していく中、古参の会計は「先代の指示で権限を削除した」と告げる。社内では判断を下せる者がおらず、営業と現場の怒号が響き合い、輪転機が完全に停止した。私は閉ざされたガラス扉の脇にパイプ椅子を置き、冷たい缶コーヒーを握りしめた。職場逆転|人生逆転|怒り|親子関係|修羅場3.5万字5 0 -
完結第23話
十八年ぶりの切符「次は三人で来い」
「二度と敷居を跨ぐな」――十八年前、父・源蔵の激しい怒声を背に村を飛び出した美雪。母の葬儀すら拒絶し、東京で夫の高一、息子の蒼太と平穏な家庭を築きながらも、心の奥に深い罪悪感を抱え続けていた。 ある秋の日、頑固一徹だった父が倒れたとの報せが届く。恐る恐る帰郷した美雪を迎えたのは、小さく老いさらばえた父の姿だった。互いに素直になれぬまま病室で交わしたわずかな言葉。だが、生家から持ち帰らされた重い桐箱と古いボストンバッグを開けた瞬間、美雪の息は止まる。 そこには、出金記録ゼロのまま膨れ上がった美雪名義の通帳と、十三年前の日付が記された「高一君へ」という父の手紙が眠っていた。父が十八年間隠し通してきた、想像を絶する真実とは――。真実|修羅場3.5万字5 0 -
完結第25話
義母の合鍵が入らない
結婚五年目、情緒不安定を理由に義母に家の合鍵を預けさせられた。夫は母を庇い、私に我慢を重ねるよう笑って求めた。義母の無断侵入は続き、私の大切な机まで雨のベランダへ放り出されたが、私は一度も怒鳴らなかった。一ヶ月後、いつものように合鍵で入ろうとした義母の前に現れたのは、鍵穴すら存在しない最新の電子錠だった。激怒して電話をかけてきた義母に対し、今まで母に逆らったことのなかった夫が「僕が鍵を変えた」と告げた。嫁姑|夫婦|親子関係|修羅場3.8万字5 0 -
完結第18話
ゴミ箱の隣に座る学年一位
学年1位を守り続けてきた娘が、二学期に入ると突然一番後ろの席に移動させられ、学級委員長も外された。何か処分を受けたのかと学校へ詰め寄る私に、娘は「この席でいいの」とだけ言い、何も説明しようとしない。納得できないまま迎えた参観日、教室の後ろに立つ私は、娘の隣にぽつんと置かれた空っぽの机に気づいた。誰の席なのかと問い詰める私に、担任は教室の隅を見つめ、「娘さんが残してくれと頼んできたんです」と静かに告げた。怒り|真実|孤獨|親子関係|修羅場2.8万字5 0 -
完結第18話
診察室に入れなかった私
妊娠七ヶ月、甲斐甲斐しく尽くす夫の言葉に従い、私は毎回待合室で温かい茶を飲んで待っていた。「異常なし」と笑う夫を疑ったことはない。だが夫が仕事で不在となり、初めて一人で診察室に入ると、医師は冷徹な面持ちで私を見据えた。向けられたパソコンの画面には、私が頑なに治療を拒み、夫が必死に説得したという記録が三回連続で並んでいた。その三回とも、私は一度も診察室に足を踏み入れていない。裡切られた|夫婦|裡の顔|修羅場2.8万字5 0