みかん小説
本棚

"母の還暦祝いで家を奪おうとした夫" 第31話

母は吹きしそうになって笑っていた。

度目、私がゴミを捨てにりた、彼が私のにち塞がった。

し痩せていて、スーツの袖は相変わらずっていた。

だが、以のような余裕や自信は完全に消え失せていた。

彼は私を見つめ、消え入るような声で言った。

「ゆか、君が今までどれだけ俺に尽くしてくれていたか、やっと分かったよ」

私はゴミ袋を提げたまま、その言葉がし遅すぎるとった。

はいつも便利さを失って初めて、その便利さをだったと呼ぶのだ。

私はたく答えた。

「分かったなら結構よ」

彼の目に、しだけが宿った。

まだチャンスがあるとったのだろう。

私は続けた。

「これからは、があなたに与えてくれる優しさを無駄にしないできていきなさい」

そのは再び消えった。

私は彼を避けて歩き、ゴミ袋をゴミ箱に放り込んだ。

ゴミ箱の蓋が閉まる、ターンという軽い音。

それは私のりし々に完全に蓋をする音のように響いた。

ヶ、私はオフィスのキャビネットの横にポトスの鉢植えを置いた。

佐藤さんは「センスが昭ね」と笑った。

私は「育てやすいから」と答えた。

「ゆか、最言うことがお母さんに似てきたわね」

私はし考えて、それも悪くないなとった。

母の体調も定し、毎湯に浸り、健康番組を見て怪しげなツボ押しグッズを買っている。

広告

ただつ変わったのは、「レオ君に迷惑をかけたくない」と言わなくなり、娘婿の話を切しなくなったことだ。

最は所のさんと昼カラオケを楽しんでいる。

音はれっぱなしだが、とても楽しそうだ。

私もしずつ、自分のペースを取り戻している。

退社に誰かの迎えを待つことはなくなり、ミルクティーがみたければ自分で買いにく。

宝島のもあれば、たまにはい切り甘くして。

週末は活気のある魚にき、親父さんにおすすめの魚を聞いて料理の腕を試してみる。

夜にお汁を作り、初めて母に倣って真っ黒に焦がしてしまったは、写真を撮って佐藤さんに送った。

『おめでとう。正式に焦げ鍋職を継承したわね』と返ってきた。

私はキッチンの丸子に座り、鍋からち昇る湯気を見つめた。

のの何かが、ふっと解き放たれるのをじた。

瞬で完全にち直れたわけではない。

見慣れた交差点を通りかかると、で私を待っていたレオの姿をいすこともある。

シダーウッドのの匂いを嗅ぐと、胸の奥がしだけ苦しくなる。

夜に目が覚めて、どうしてもっとく気づけなかったのかと自分を責めることもあった。

でも、そんないに囚われるはどんどんくなり、通り過ぎるのもくなった。

広告

私はようやく気づいたのだ。

目が覚めるということは、痛みを完全に追いすことではない。

痛みがやってきた、もう度とそれに引きずり込まれることはないと、自分自で確信できることなのだと。

の終わり頃、母の誕会をいたホテルから話があった。

追加の精算がつ残っているとのことだった。

私はホテルに向かった。

ロビーは相変わらず眩しく、あの階段もそのままだった。

入りにち、あの夜レオが話しおうと懇願した姿をいした。

母が私の腕をしっかりと握ってくれたこと。

そして、決してひっくり返されることのなかったあの丸テーブルの料理の数々を。

続きを終えてにると、すっかりが暮れていた。

タクシーは呼ばず、をゆっくりと歩いた。

したいが吹き、私はマフラーを巻き直した。

くのタピオカミルクティーから、甘いりが漂ってくる。

スマートフォンが鳴った。

母からのボイスメッセージだった。

『ゆか、帰りにネギ買ってきて。のネギ切らしちゃった』

私はその音声を回聞き直し、ふふっと笑った。

ネギがないなんて、些細でありふれたことだろう。

でもその言が、どんな甘いの言葉よりも、私のを確かなもので満たしてくれた。

母は私に教えてくれたのだ。

活はあの裏切りの夜でち止まってはいないということを。

彼女は今も、真っ直ぐにを向いて歩いている。

お汁の匂いとネギの束。

焦げたお汁、売りのコップ。

オフィスのキャビネットと、もう誰のものにもならない助席の記憶。

全てを抱えて、私は百に入り、ネギを束買った。

百のおじさんは「もうじまいだから」と、おまけで本く入れてくれた。

ネギの束を提げてにる。

夜が吹き抜け、灯が私のをく伸ばしていた。

その瞬、私は自分がかわいそうだとも、誰かに勝ったともわなかった。

ただから、こうえたのだ。

ようやく、私らしいをきる順番が回ってきたのだと。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: