みかん小説
本棚

"十年の沈黙と離婚届" 第1話

私の旧姓を、(しらき)と申します。 夫である宗方孝幸の元へと嫁いでまいりましてから、いものでの歳が流れておりました。

このというもの、私は宗方のにおいて、常に夫や義父母のに隠れ、歩がって暮らすことを自らに課してまいりました。 半歩でもにれば、このの均衡が崩れる。女が恵を働かせれば、たる男の面目が潰れる――宗方のには、治の初めから続く旧特の、錆びついた因習が分い澱のように沈殿しておりました。 古い欅(けやき)の黒柱と、を通さぬい襖に囲まれたこの敷では、女の声はければいほど良く、姿は目たぬほど美徳とされていたのでございます。

私は、その理尽な掟に決して逆らいませんでした。 朝は、の空がまだの静寂に包まれている刻限、誰よりもく起きします。え切った板のに膝をついてを起こし、きな羽釜で飯を炊き、庭のびを掃き清めます。 昼は、あちこちへ指図をばす義父母の世話に追われ、夜はどれほど遅くなろうとも、酒の匂いを漂わせて帰宅する孝幸の音が玄関に響くまで、(たたき)のかりを灯して待ち続けました。

たい雑巾を握りしめ、鏡のように磨きげたい廊に、格子窓から朝の細いが差し込むのを、私は毎朝、たったで眺めておりました。

広告

誰も起きてこぬその静けさので、息を潜めてを見つめるだけが、私にとっての息でございました。それが、私の過ごしたの実態でございます。

宗方のは、私のそうした従順な姿を見て、で、そしてには面と向かって「何もできない無能な嫁」と呼び習わしました。 「才覚もなく、嬌もなく、ただ柄と元が確かなことだけが取り柄の、偶(でく)のような女だ」 義母は、所の婦たちや親戚筋の客が訪れるたびに、座敷の真んで私を笑い者にして茶み話の種にいたしました。 台所でお茶を淹れ、い黒漆の盆に乗せて運ぶ私の指先の震えや、畳の縁を踏まぬよう気をつける歩き方さえも、「見ていて苛々する」「作が鈍くさくて話にならない」と、客ので厳しく嘲笑うのでございます。 夫の孝幸は、母のその無作法な振るいを窘めるどころか、隣の肘掛けに寄りかかりながら、煙の煙をくゆらせて笑いを浮かべて見ているだけでした。

また、嫁ぎ先から頻繁に戻りのように顔をす義姉も、私を女のように扱いました。 「ちょっと、さん。このお茶、ぬるくてめたものじゃないわ。淹れ直しなさいよ」 をつけたばかりの茶碗を平然と押し戻され、畳にこぼれた滴を私の目のに突きつけられても、私はただ「申し訳ございません」

広告

とをげ、たくなった陶器を盆に引くだけでございました。

けれど、私は度たりとも言い返しませんでした。 胸のに反論の言葉を持たなかったわけではございません。彼らの吐く言葉の論理の破綻も、世らずないがりも、私にはに取るように見えておりました。 それでもを閉ざし続けたのは、ただつ――まだ、そのではないとっていたからでございます。

々の梢に実る果実は、季節が巡り、内側に蜜を湛えて自らのみで熟しきるまでは、決して枝からもいではならない。それが、私が幼の頃から厳格な祖父と父によって叩き込まれた、物事を見極めるための絶対の鉄則でございました。青い実を焦って捥(も)ぎ取れば、渋みがに残るだけでございます。完全に熟れ落ちるその瞬まで、じっと待たねばならないのです。

彼らが私を見し、蔑みの言葉を浴びせかけるたびに、私はの奥底にある帳面に、それらをつずつ、正確に記録しておりました。 誰が、どのような笑みを浮かべて何を言ったのか。 誰が、どのような理尽を働き、私の差しした真を蹴にしたのか。 その付も、発せられた言葉の細かな語尾も、嘲笑を浮かべたその瞳の濁ったまでも、私は何つ忘れる女ではございませんでした。

宗方のには、私の本当の顔をる者はとしておりませんでした。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: