みかん小説
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"十年の沈黙と離婚届" 第11話

から送られてくる督促状の文面を見ても、その法なすら理解できず、どの窓へって何を相談すればいいのか、見当すらつかないのです。 かつて彼の周りで「専務、専務」とお追従を並べていた部たちは、すでに誰として彼の話に応答いたしませんでした。

「……無能だったのは、俺の方だったのか……」

暗い借の片隅で、彼はようやくその残酷な真実に辿り着いたのでございます。 の、彼は私を空気のように扱いました。そこにいて、自分の世話を焼き、侮辱を受け止めるのが当たりだとい込んでいたのです。 だからこそ、その静かなが支えていた世界の途方もないさに、失うまで気づくことができなかった。 過信と傲の代償は、静かに、けれど確実に彼の活を根底からい破っていきました。

夜、眠れぬままカビ臭い井を見つめる彼の胸に、黒々とした悔が広がっていきました。 (あの、婚届など突きつけなければ……あの、を取って謝っていれば……) けれど、は決して巻き戻りません。 彼が握りしめていたはずの幸福の砂は、すでにその指の隙から、粒残らず零れ落ちていたのでございます。

すべてを失い、借の督促と親族からの罵倒に追われ、精神にも肉体にも限界まで追い詰められた孝幸が、ついに私の元を訪ねてまいりました。

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都の等にそびえつ、グループ本社の最階――会のなマホガニーの扉のに、彼はを縮こまらせてっておりました。

応接の革張りソファに通された彼の姿には、かつての宗方の若旦としての面は、微も残っておりませんでした。 仕ての良かったはずの濃紺の背広は、何も入れをされていないせいですっかり褪せ、肘のあたりは擦り切れてテカりを帯びておりました。 頬は病なまでに痩せこけ、目のには黒々とした隈が落ち、かつて自げに撫でつけていた黒髪には、この数ヶの労を物語るようにいものが急激に増えておりました。

背筋を伸ばし、を見すことしからなかったあの男が、毛のい絨毯のに両膝をつき、額をに擦り付けるようにして俯いておりました。その丸まった背は、以よりも回りも回りもさく、惨めに縮んで見えました。

「……もう、度だけ……」

絨毯の隙から漏れたのは、枯れ葉が擦れうような、掠れた男の咽び声でございました。

「もう度だけでいい……やり直させてほしい。……俺が悪かった。俺がすべて違っていたんだ。あの頃に……あの頃のに戻りたいんだ、咲子……!」

その声は、恐怖と悔に激しく震えておりました。のに置かれた彼の両も、刻みな痙攣を繰り返しております。

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私は、すぐには何も答えませんでした。

井のい会には、空調の静かな微のほかには、い静寂だけが満ちておりました。 壁面にとられたきなガラス窓からは、夕暮れの柔らかなが差し込み、に平伏する彼の丸まったみすぼらしい背を、容赦なく照らししておりました。

かつて、宗方の卓の片隅で、私が浴びせられ続けてきたあの苦しい沈黙を――今度は、彼自がそのつでわっていたのでございます。 私は、革張りのな会席に腰をろしたまま、膝ので静かに指を組み、ただ無言で彼を見つめておりました。 声を荒らげて彼を罵倒することも、惨めな姿を嘲笑うことも、あるいはれんで慰めることもしませんでした。

やがて、私は静かに、けれど部の隅々まで凛と響き渡る声で、をきました。

「……私はこの、あなた方に『無能』と嘲笑われながら、このつで、何千、何万という々の暮らしをから支え続けてまいりました」

私の声には、片のりも、滴の涙の震えも混じっておりませんでした。 りの炎は疾うの昔に燃え尽き、たく澄み切ったとなって消えっていたからでございます。 私の胸を支配していたのは、数え切れないほどの々の命脈を背負い、守り抜いてきた者だけが持ち得る、絶対な静けさと揺るぎない矜持だけでございました。

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