"高卒エースを掃除係に落とした無能社長" 第10話
晒しげられた屈辱
ミーティングが散会となった、俺は抜け殻のような取りで会議をにした。
同僚たちは誰も声をかけてこなかった。まるで俺の周囲にだけ見えない結界でも張られているかのように、々はにちり、広な廊には俺の革靴の音だけが虚しく響いていた。
自席のあるフロアへ戻るため、エレベーターホールでりボタンを押す。
チン、という子音と共に扉がいた。
に乗っていた物の姿を認めた瞬、俺はわず息を呑んだ。
子に乗った矢吹茂夫会と、その背を押す初老の女性秘だった。
「あ……会」
慌ててをげ、乗り込むのを躊躇った俺に、子のから掠れた、しかし温かみのある声がかかった。
「……篠田君か。乗りなさい」
「失礼いたします」
エレベーターに乗り込むと、の扉が静かに閉まり、密閉された空にモーターのい駆音だけが満ちた。
鏡張りの壁に映る会の姿は、半の社代に比べて驚くほど痩せ細り、頬の肉が落ちて髪が気に増えていた。体の自由を奪われた老経営者の痛々しい姿に、胸が締め付けられるような痛みを覚える。
会は首をわずかに巡らせ、俺の沈痛な顔を見げてきた。
「篠田君。……顔がひどく悪いな。丈夫か?」
「いえ……お気遣いいただき、ありがとうございます。
広告
私は丈夫です」
「嘘をつくな」
く、しかし芯の通った声が返ってきた。
「倉島が……君を執拗に目の敵にしているという噂が、私のにも届いている。昨の営業ミーティングのこともだ。……本当なのかね?」
会の真っ直ぐな瞳に見つめられ、俺は言葉に詰まった。
病の会に、社内の醜い内紛や、自分が受けている条理な仕打ちをぶちまけて配をかけるわけにはいかなかった。このは今、自らの体のリハビリだけで精杯のはずなのだ。
「いえ……私の甲斐なさが招いた結果です。キッズドリーム様との契約を落としてしまったのも、私の力でした」
「篠田君」
会のが、子の肘掛けからゆっくりと持ちがり、俺の袖をキュッと掴んだ。
そのは細く、力は々しかったが、込められたは昔としも変わっていなかった。
「君は、誰よりも責任がい男だ。……だが、すべてを自分で背負い込んで、い詰めることだけはしてくれるなよ」
「会……」
チーン、と階の到着を告げるベルが鳴り、扉がいた。
「失礼いたします。お体、どうかご自ください」
俺はく礼し、エレベーターをりた。
背で扉が閉まる瞬、会が痛な面持ちで俺を見つめ続けていた景が、網膜に焼き付いてれなかった。
自席のある暗いパーテーションの隅に戻った俺は、引きしからあのい封筒を取りした。
広告
机のに『退職届』の用を広げる。
黒いボールペンのキャップをし、空の欄に文字をき込んでいく。
付。所属、営業第課。氏名、篠田零司。
そして――退職の理由。
ペン先が止まった。
本当なら、ここにすべての真実をき殴りたかった。
『社・倉島哲也による当な業務妨害、成績の改竄、執拗なパワーハラスメントにより』と。
だが、そんなの吐をにき残したところで、事部がそれを受理するだろうか。倉島のによって握りつぶされ、「自己都退職」として処理されるのがオチだ。
何より、り際まで相と同じ俗な仕にを落としたくはなかった。
俺は静かにペンをらせた。
『の都により』。
本のサラリーマンが、組織の理尽に敗れるに使う、最もありふれた、そして最も無な定型句。
乾いたインクを見つめながら、俺はつ折りにした用をい封筒へと収め、しっかりと糊付けした。
これで、すべてが終わる。
の汗も、涙も、子供たちの笑顔のために駆け回ったあの々も、すべてはこのい封筒枚のに閉じ込められて消えていくのだ。
その、デスクのに置いた私用のスマートフォンが、さく震えた。
画面を見ると、ライジングトイの営業部からだった。
俺はオフィスをて、非常階段の踊りへと向かい、通話ボタンを押した。
広告
「もしもし、篠田です」
『篠田さん! 度々すみませんね。先のスカウトの件、社内でも再度確認が取れましてね。ぜひ向きに好いお返事をいただけないかといまして』
受話から聞こえる相のを帯びた声に、俺の荒んだがじんわりと解きほぐされていくようだった。
アイリストイでは「無価値な落ちこぼれ」「卒のゴミ」と罵倒され、居所を奪われた俺の実力を、業界トップを争う競社がこれほどまでにく評価し、求めてくれている。
「……営業部」
俺はすりをく握りしめ、覚悟を決めてをいた。
「ありがとうございます。……御社への転職の件、向きにお受けさせていただきたくじます」
『おお! 本当ですか! いやあ、嬉しいな! うちの社もびがってぶはずですよ!』
話の向こうの部の歓の声を聞きながら、俺は踊りの窓からを見げた。
激しくり続いていたが、いつのにかへと変わり、の切れからかすかなが差し込み始めていた。
まだ、俺の営業は終わっていない。
こので、もう度、しい所からちがればいいのだ。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
廃業寸前の豆腐屋に来た東大院卒の母親
廃業寸前の豆腐屋を営む俺の前に、4歳の娘を連れた美咲が「ここで働かせてください」と突然現れた。行く場所もなく、公園で夜を越そうとしていた親子を放っておけず、俺は店の2階に住まわせることにする。ところが、ただの訳ありシングルマザーだと思っていた美咲の正体は、東京大学大学院を卒業し、大手食品メーカーで商品開発を担っていた元研究員だった。彼女の知識で売れ残っていた豆腐は息を吹き返し、止まりかけた俺の人生まで少しずつ動き始める。だが、突然現れた元上司が「研究資料」を持ち出した疑いを突きつけ、根も葉もない噂によって取引先まで離れていく。迷惑をかけたくないと姿を消す美咲を前に、俺はもう見て見ぬふりをしないと決めた。彼女の潔白と、この店で一から積み上げたものを証明するため、俺は過去と向き合う――。そして2人の再起は、まだ誰も想像していなかった次の一手へと動き出す。職場逆転|修羅場2.0万字5 0 -
完結第10話
操縦桿が壊れた旅客機を救った町工場の技術者
太平洋上空1万メートル、機長と副操縦士が同時に意識を失い、300人を乗せた旅客機が墜落を始めた。 小型機の免許を持つ乗客が操縦桿を握るも、かえって機体は失速。絶望するチーフパーサー・長谷川絵里の前に現れたのは、パイロットではなく小柄な日本人技術者・佐藤だった。彼女は壊れた操縦桿には触れず、自ら設計に関わったフライトコンピューター、トリムホイール、左右のエンジン出力だけで機体を立て直す。しかし操縦系統は完全に死に、雷雲と燃料切れが迫る中、地上の専門家は「夜の太平洋へ不時着水せよ」と通告する。生存率は2割以下。それでも佐藤は羽田への着陸は理論上可能だと言う。残された条件は、絵里と300人の乗客が彼女の数字を信じ、一度きりの着陸にすべてを賭けることだった――。職場逆転3.6万字5 1026 -
完結第14話
雑用係の逆襲――百億の商談と偽りの女社長
病気の母の療養のため帰国し、学歴を「中卒」と偽って中小IT企業「藤山システム開発」に入社した森本大河。しかし傲慢な女社長・藤山薫からは「引きこもりの変人オタク」と蔑まれ、社運を賭けた百億円の新システム開発から外され雑用掃除係に追いやられてしまう。 だが大河の真の姿は、ハーバード大学を早期卒業しMIT大学院を修了した、世界が畏怖する伝説のスーパーホワイトハッカー「ミスター・モリティー」だった。迎えた海外メガIT企業首脳陣との商談当日、手配されていた通訳3名が全員ドタキャンし絶体絶命の危機に陥る。 「失敗したらクビ」と責任を押し付ける女社長の前で、大河が手元のコントローラーを操作して口を開いた瞬間、会議室の空気が一変する。そして明かされる社長の巨額不正と、タブレット端末に隠された決定的な証拠の行方は――。職場逆転|裡の顔1.9万字5 201 -
完結第24話
目覚めた部下にクビを問われた
地方旅館の火災で客を救い出し重傷を負った部下が目を覚ました。だが彼女の記憶は直近の二年分が抜け落ち、着任初日の私が冷酷に解雇を迫った日のまま止まっていた。会社は避難扉が開かなかった責任を彼女の記憶喪失に乗じて背負わせようと、退職金の支払いを口実に過失を認める書類への署名を病室で迫る。何も思い出せない部下は震える手でペンを握り、かつて自分を追い詰めたはずの私を怯えた目で見つめた。職場逆転|真実|裡の顔|修羅場3.7万字5 635 -
完結第30話
一万八千円の伝票
病を克服し、身なりを隠して自らのホテルへ宿泊客として訪れたオーナー・佐藤かず子。亡き夫と四十年にわたり心血を注いできた老舗ホテルは、かつての温もりを失い、強欲な支配人・中村の私欲に侵されていた。 きっかけは、わずか千八百円の粗末な昼定食に突きつけられた「一万八千円」の法外な伝票。中村たちは気の弱そうな高齢客を狙って組織的なぼったくりを繰り返し、さらにはホテルそのものを外資系ファンドへ売り飛ばそうと目論んでいた。 無力な老婆と侮られ、嘲笑と脅迫を受けるかず子。だが彼女の手には、亡き夫の誇りである一本の「蒔絵万年筆」と、深夜に掴んだ決定的な「裏帳簿」の証拠があった。誇りを泥靴で踏みにじられた元女将の、静かなる大反撃が今、幕を開ける――。職場逆転|真相4.6万字5 6241 -
完結第18話
清掃員のヤスリと50万フランの契約
「清掃員?なぜこんな奴を呼んだんだ?」――スイス・チューリッヒ郊外の機械工場で、最低賃金の夜勤清掃員として働く私・鈴木誠は、誰にも知られず古い12番機の異音を聞き分け、たった3分の手作業で精度を劇的に改善してしまう。4日後、3000個の歯車が99.9%の合格率を叩き出し、ドイツ本社の首席技術専門家ハインリヒとCEO秋山凛が原因究明のため工場へ乗り込んできた。防犯映像から私の仕業だと判明すると、専門家たちは「ただの清掃員にできるはずがない」と騒然。さらに別の不調機をその場で直したことで、私がかつて日本の宇宙航空産業を支え、“国宝級の匠”と呼ばれた特級職人だった過去まで掘り起こされる。なぜそんな男が異国で廃液を捨てているのか――事故の責任を背負って表舞台を去った私に、秋山は人生を変える一枚の契約書を差し出す。職場逆転2.6万字5 980 -
完結第23話
締め出された新社長
父から印刷会社を継ぎ、代表取締役として誰よりも早く出社した初日の朝、私のカードキーだけが赤く点滅して通用口が開かなかった。清掃員や入社三カ月の新人、配送トラックが次々と通過していく中、古参の会計は「先代の指示で権限を削除した」と告げる。社内では判断を下せる者がおらず、営業と現場の怒号が響き合い、輪転機が完全に停止した。私は閉ざされたガラス扉の脇にパイプ椅子を置き、冷たい缶コーヒーを握りしめた。職場逆転|人生逆転|怒り|親子関係|修羅場3.5万字5 199 -
完結第12話
社長夫人と平社員の妻
夫が勤める製造会社の先代社長の遺児であり、全株式の六割を握る筆頭株主である白石遥。彼女はその正体を隠し、現場社員の妻として慎ましく暮らしていた。しかし、先代の跡を継いだ新社長の妻・藤崎麗華は、夫が平社員である遥を見下し、婦人会の席で髪を掴んで「奴隷」と罵倒する。耐えかねた遥が「では、社長を解任します」と告げると、麗華はあざ笑うのだった。数日後、遥の名の入った「臨時株主総会招集請求書」が会社に届き、夫が密かに集めていた四千万円の不正流用の証拠が突きつけられる。窮地に陥った社長夫婦の前に、本当の支配者の正体が暴かれるとき、冷酷な因果応報の幕が上がる。職場逆転|因果応報1.8万字5 216 -
完結第22話
恩人弁護士の不可解な書類
満員電車の切り取り動画で炎上し、派遣先を不当解雇された私を、着手金ゼロで救ってくれたのは小さな事務所の弁護士だった。彼の尽力で示談を勝ち取り日常を取り戻した二ヶ月後、私は元上司のパワハラを訴えた見知らぬ後輩の裁判資料を目にする。そこには、私が弁護士の相談室で泣きながら話したはずの告白が、そのまま証拠として並んでいた。震える手で開いたその裁判記録の送達先には、私を救った恩人弁護士の事務所名が記されていた。職場逆転|因果応報|裡切られた|怒り3.4万字5 343