"廃業寸前の豆腐屋に来た東大院卒の母親" 第1話
閉際のたいとさな訪問者
俺は、槽のに浮かぶ豆腐を見つめた。
夕暮れの商は、すっかり通りが絶えていた。
のからは、折通り過ぎるの音だけが聞こえてくる。
のにを入れると、指先に刺さるようなたさが伝わってきた。
慣れたつきで、残った豆腐をつずつケースに引きげていく。
つ、またつと、プラスチックのケースにい塊が並んでいく。
今もまた、こんなに売れ残ってしまった。
ため息が、自然とから漏れた。
昔は、夕方になるまで客が途切れることはなかった。
所の主婦たちが、鍋を持って買いに来てくれたものだ。
だが、今じゃこのになっても、量の売れ残りが並んでいる。
先も、く付きいのあった元の定が件、を畳んだ。
うちの取引先が、またつ減ったということだ。
このままなら、からずこのを畳むことになる。
そんな考えが、最は常にの片隅にへばりついていた。
俺は、濡れたを掛けで乱暴に拭った。
そろそろシャッターをろそう。
そうって、先の引き戸へ向かって歩きした。
そのだった。
ガラガラと、し建付けの悪い引き戸がく音がした。
俺は、反射にそちらへ線を向けた。
先には、見らぬ女がっていた。
齢は代半くらいだろうか。
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しあせたコートを着て、ひどく疲れたような顔をしている。
そのには、さな女の子のがしっかりと握られていた。
女の子は、歳くらいだろうか。
そうなきな目で、俺の顔をじっと見つめている。
俺は、無言のままのにった。
女は、俺の顔を見ると、申し訳なさそうに線を泳がせた。
そして、し震える声でをいた。
「すみません」
女は、々とをげた。
俺は、黙って女の次の言葉を待った。
「ここで、働かせてもらえませんか?」
女は、顔をげて俺を真っ直ぐに見つめた。
その目には、すがるようなが宿っていた。
俺は、わず眉をひそめた。
閉際の寂れた豆腐に、さな子供を連れた女が突然の職探し。
全く状況がみ込めない。
俺は、内の売れ残りのと、女の顔を交互に見た。
「悪いが」
俺は、首を横に振った。
「うちは、を雇えるほど儲かってねえ」
事実だけを、く伝えた。
女の顔から、すっと表が抜け落ちた。
落胆のが、その顔全体に広がる。
「そうですよね……」
女は、力なく呟いた。
「突然、すみませんでした」
女は、もう度くをげた。
そして、繋いでいた女の子のを引いた。
踵を返し、けっ放しの引き戸からへようとする。
そのだった。
「ママ、お腹空いた」
女の子が、さな声でそう言った。
俺のに、その声がはっきりと届いた。
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女は、ち止まり、困ったような顔で女の子を見ろした。
「もうしだけ、できる?」
女の声は、どこか切羽詰まっていた。
優しく言い聞かせるような調だが、余裕のなさが滲みている。
俺は、その親子のろ姿をじっと見つめた。
胸の奥が、チクリと痛んだ。
俺は、無識のうちに声をしていた。
「豆腐、ってけ」
女が、驚いたように振り返った。
女の子も、丸い目をさらに見いて俺を見た。
俺は、ケースのの売れ残りを指差した。
「どうせ余り物だ。は取らねえよ」
俺は、そっけなくそう言った。
女は、戸惑うように線を彷徨わせた。
だが、女の子のを引く力がし緩んだのがわかった。
俺は、さな皿をつ用し、豆腐をすくいげた。
しだけ醤油を垂らし、のに差しす。
「ほら、いな」
女の子は、女の顔を見げた。
女がさく頷くと、女の子はスプーンを握りしめた。
そして、豆腐をすくい、さなに運んだ。
女の子は、もぐもぐとをかした。
そして、議そうに首を傾げた。
「いつものお豆腐と違う」
女の子は、皿のの豆腐をじっと見つめた。
「違う?」
女が、配そうに尋ねる。
「うん。が違う」
女の子は、もう豆腐を頬張った。
「でも、美しい」
女の子の顔に、ぱあっとるい笑顔が広がった。
その笑顔を見た瞬、俺の胸が激しく締め付けられた。
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数に失った、俺の娘の姿。
それが、目のの女の子の笑顔と、瞬だけなったからだ。
俺は、わず息をんだ。
目のの景が、しだけ歪んで見えた。
俺は、慌てて線を逸らし、タオルでを拭くふりをした。
「ごちそうさまでした」
女の子の声で、俺はに返った。
「向、美しかった?」
女が、優しく女の子のを撫でた。
向、という名らしい。
向は、空になった皿を俺に向かって掲げてみせた。
「全部ったのか?」
俺は、できるだけ普段通りの声を取り繕って聞いた。
「うん。美しかった」
向は、満そうにお腹をさすった。
「そりゃよかった」
俺は、しだけ頬を緩めた。
女が、改めて俺に向かってくをげた。
「本当に、ありがとうございました」
女の声は、し震えていた。
「売れ残りだ。気にするな」
俺は、照れ隠しのようにそっぽを向いた。
女は、しばらくそのにち尽くしていた。
何か言いたげに、唇を噛み締めている。
そして、決したように顔をげた。
「あの」
女は、真っ直ぐに俺の目を見た。
「やっぱり、働かせてもらえませんか?」
俺は、ため息をついた。
「さっきも言っただろう。雇う余裕はねえんだ」
俺は、きっぱりと答えた。
「お料はなくても構いません」
女は、いがるように歩にた。
「掃除でも、配達でも、何でもします」
俺は、を掻いた。
「そういう問題じゃねえんだ」
俺は、再び内の売れ残りのを見回した。
「見ての通りだ。このになっても、こんなに残ってる」
女も、ケースのの豆腐を見た。
「これだけ美しいのに……」
女は、さな声で呟いた。
「だけで商売できりゃ、苦労はしねえよ」
俺は、自嘲気に笑った。
女は、何かを言いかけたが、やがてスッと息を吐いた。
「わかりました」
女は、それ以はいがらなかった。
向のをしっかりと握り直す。
「こう」
は、再びをていった。
俺は、そのさな背が夜のに消えていくのを、ただ黙って見送った。
それで終わるはずだった。
ただの、気まぐれな助け。
俺は、再びのにを入れた。
たさが、現実を呼び戻してくれる気がした。
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