みかん小説
本棚

"四十九日の追放、母の隠し遺言" 第7話

「いいえ」 私は静かに首を横に振った。 「兄さんからは……、円ももらっていません」

「円も!?」 信子さんが目を見張り、絶句した。 「じゃあ……あのすりも、おむつ代も、病院の入院費も、全部あんたが払ってたのかい!?」

「はい。私の信代の退職と、それまでの貯から、すべてしていました」

「そんな……! それなのに、あの女は百万円もらいすぎだなんて……!」 信子さんは顔を覆い、言葉を詰まらせた。

私は無言のまま、流し台の横にある古い製の吊り戸棚へと歩み寄った。 背伸びをして、番の段の奥くにを伸ばす。 指先に触れたのは、たく、ずっしりとい属の触だった。

両でしっかりと抱え込み、戸棚から引きろす。 ドン、と板ののテーブルのに置かれたのは、かつて贈答用のクッキーが入っていた、角いきな缶だった。 表面の青い塗装はあちこち剥げ落ち、錆が浮いている。持っただけで、ずっしりとしたみが腕に伝わってくる。

信子さんが目を丸くして、その缶を見つめた。 「澄子ちゃん……その菓子缶、何だい? ずいぶんそうだけど……」

私は缶の蓋にをかけ、ゆっくりと持ちげた。 パカッ、と乾いた音がして、があらわになる。

缶のには、隙なく、ぎっしりとの束が敷き詰められていた。 すべて、丁寧につ折りにされ、定のみごとに輪ゴムでしっかりと留められている。

広告

番の束には、鉛の几帳面な字で『平成 分』とかれた付箋が貼られていた。

「これ……全部、領収かい?」 信子さんが息を呑み、缶のを覗き込んだ。

「はい」 私は番の束をに取り、指先で優しく撫でた。 「分の、すべての領収です。おむつ代、薬代、入院費、通院のタクシー代、介護ベッドのレンタル料、すりの設置事費、母の事のとろみ剤つに至るまで……すべて、付順に輪ゴムで留めてあります」

信子さんは信じられないものを見るように、元を押さえた。 「……枚も捨てずに取ってあったのかい……?」

「信の窓にいましたから」 私は微かに元を緩めた。 「おを扱う仕事の癖なんです。証拠のない数字は信用されない。どんなさな費でも、領収がなければ納はわない。母の介護を始めたあのから、母のために使ったおは、円単位ですべて保管してきました」

おむつ代のレシート。 薬局の調剤細。 介護タクシーの領収証。 宅改修の請求と領収。 それらは、私が母の命を繋ぐために支払ってきた、紛れもない戦いの記録だった。

信子さんは缶のにを伸ばし、の束にそっと触れた。 その指先が、微かに震えている。 「……澄子ちゃん。これ、総額でいくらになるんだい?」

「計算してあります。母のために私がて替えた費用だけで、百万円を超えています」

広告

「百万……!」 信子さんは声を失い、それから激しいりをわにして机を叩いた。 「あの女、万で百万もらいすぎだと抜かしたね! とんでもない嘘じゃないか! あんたが百万円も持ちしで静さんをていたんじゃないか! 賃どころか、お釣りが来るよ!」

信子さんは息を荒くし、突然、菓子缶の蓋を乱暴に閉めた。 バチン、と鋭い音が響く。

「信子さん……?」

「澄子ちゃん、この缶、今すぐ私のに運ぶよ!」 信子さんは缶を両腕で抱えげようとした。みでぐらりと体が揺れる。 「あんな欲な兄嫁が業者を連れてきたら、こんな事な証拠、ゴミと緒に処分されちまうに決まってる! 私の軽トラに乗せな! うちの押し入れに隠しておくよ!」

「でも、信子さんに迷惑が……」

「迷惑なもんかい! 静さんのためだよ! さあ、伝っておくれ!」

信子さんの力い差しに背を押され、私は頷いた。 でい菓子缶を抱え、勝から庭へと運びす。 のを浴びながら、信子さんの軽トラックの荷台へ、分の領収が詰まった缶をしっかりと積み込んだのだった。

軽トラックの荷台に古い毛布を被せ、菓子缶を隠し終えた、私たちはもう度、実の座敷へと戻った。 庭から吹き込むが、仏壇のに吊るされた真鍮の鈴を、チリンと微かに鳴らしていた。

「やれやれ……これでだね」 信子さんは額の汗を拭いながら、座敷の畳に腰をろした。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: