みかん小説
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"無一文の清掃員に届いた出前丼(" 第13話

と言って貼り付けた、し褪せた黄いのシールが、以とまったく同じ位置に貼られたままだった。 彼女は両をで自然にね、静かに佇んでいた。

俺はしばらくの、喉が痙攣して声がなかった。 覚を見ているのではないかと疑い、何度も目を瞬かせた。だが、彼女の放つ鹸の清潔なりと、規則正しい呼吸の気配は、紛れもないきただった。

「相澤……さん……?」 絞りすようにして名を呼ぶと、相澤さんは何も言わず、ただじっと俺の顔を見つめていた。 その目元は微かに赤く充血していた。だが、それは泣き腫らしたの目ではなく、胸の奥底で激しいを押し殺し、今まさに涙をこらえているの目だった。 彼女は息を吸い込み、驚くほど透き通った、凛とした声で言った。

「院先。……私は、残ります」

世界からすべての音が消えったかのような衝撃が、俺のを殴りつけた。 けない話だが、その瞬、俺の脳裏に最初に浮かんだのは「ありがとう」という謝でも、「助かった」という堵でもなかった。 『なぜだ』という、底れぬ困惑と疑だった。

「……事は、聞いているんですか」 俺の問いに、相澤さんはさく頷いた。 「聞いています。黒川副院から、直接お話をいただきました」 「直接……いつ、どこでですか」 「お通夜の晩です。斎の裏の駐で、に乗る直に呼び止められました」

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「みんなのでですか?」 「いいえ。職員をずつ、順番に物へ呼んでお話しされていました。私は……最の方でした」

あの夜の景が、鮮やかに脳裏に蘇った。 俺が親族控で参列者からの悔やみの言葉にをげ続けていたその、斎のたい夜ので、黒川による職員の選別と引き抜きが着々とんでいたのだ。 「じゃあ……条件も、聞いたんですね」 「はい。しい病院での与も、勤務体制も、今よりずっと良くなると言われました」 「だったら……」 俺はわず声を荒らげていた。 「だったら相澤さん、どうして俺に教えてくれなかったんですか! みんながてこうとしていることを、どうして言も話してくれなかったんですか!」

相澤さんは線をわずかに落とし、ねた自分の指先を見つめた。 「……もし、私が事にお話ししていたら、先はどうされていたでしょうか」 静かな、だが胸の奥を抉るような問いかけだった。 「先はきっと、喪を着たまま、の職員の自宅を軒ずつ回って、座をしてをげて引き留めようとされたはずです。『頼むから残ってくれ』と、ご自分を責めながらお願いされたはずです。……でも、そうやってに訴えて無理に残ってもらったたちと、これから先、この厳しい病院を背負っていくことになったら……先が番、苦しまれることになります。

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だから……申しげませんでした。これは、私が自分で勝に決めたことです」

俺は言葉を失い、喉の奥がくなった。 だが、すぐに理性が警告を発した。に流されてこのを巻き込むわけにはいかないのだ。 「相澤さん、駄目だ。あなたも、隣の病院へきなさい」 自分でも驚くほどたい声がた。だが、俺は本気だった。 「ここに残ったところで、あなたには何の未来もありません。退職だって満にせるか分からないし、来の料すら払える保証はないんです。医者が、護師がの病院なんて、医療関として成りちません。……無理なんですよ」

相澤さんは顔をげた。その瞳は揺るぎなく、俺の線を正面から受け止めていた。 「院先。私がここに残るのは、先が院先の息子だからではありません」 その毅然とした響きに、俺は息を呑んだ。 「みんな、先のことをで頼りないと言っていました。『自分では何も決められないだ』と。『偉な院先と比べたら、到底その器じゃない』と、みんなそう言って笑っていました。……でも、私はずっと見ていました」 相澤さんの声が、微かに震えを帯び始めた。 「先がこの病院に戻ってきてからの、毎どれほど必に、どれほど誠実に患者さんと向きってきたか、私はずっと見ていました」

そこから相澤さんが語った言葉を、俺は今でも言句違わずにいすことができる。

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