みかん小説
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"無一文の清掃員に届いた出前丼(" 第30話

部のは、父がきていた頃の匂いがそのまま残っていた。 古と煙と、湿ったリノリウムの匂い。 窓際に置かれたな製デスクは、俺が幼い頃から見慣れたものだった。父がいつも腕を乗せていた部分だけ、ニスが剥げてっぽく変している。子の背もたれには、父が用していた古い丹が枚、掛けられたままになっていた。

俺は机の引きしをから順番にけていった。 段目には、朱肉の染みた認印と、使い古した老鏡、目薬。 段目には、過の保健所や医師会への提類の控え。 段目のい引きしには、祖父と父が並んで姿で写っているセピアの写真や、創周の記式典で撮された全職員の集写真が収められていた。

そして、番の最もい引きしの底に、黒い表の学ノートが冊、几帳面にねて仕われていた。 表には何の表題もかれていない。 俺は子を引き、埃を払って最初の冊をいた。 そこに並んでいたのは、紛れもない父の、あの独特の丸っこく力い肉だった。

だが、そこに記されていた内容は、通常の医学なカルテとはまったく異なっていた。 検査数値や処方薬の名は、ほとんどかれていなかった。 そこにあったのは、患者たちの「活の断片」そのものだった。

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『田さん(歳)。男が京から滅に帰省しないことを酷く寂しがっている。血圧の数値そのものよりも、その寂しさの愚痴を聞いてほしそうにしていた。次回はまず息子の話から入ること』 ページをめくると、また別の患者の名が現れる。 『杉本さん(歳)。膝の鎮痛剤の減量を希望しているが、経済に薬代が苦しいという本音を自分からは言いせない性格。こちらからさりげなくジェネリックへの変更を提案すること』 さらにページをめくる。 『森さんのご主。奥さんのでは絶対に「痛い」と音を吐かない見栄っ張り。病状の核や余命のニュアンスを伝える際は、必ず奥さんを度座させて、きりになってから話すこと』

。 父がこの町で診察してきた何百、何千もの患者たちの、庭環境、性格の癖、触れられたくない傷、おの悩み――病歴には決して表れない「のの記録」が、冊のノートの隅々まで、びっしりとき連ねられていたのだ。

俺は最初のページを読んだきり、そこから顔をげることができなくなった。 全の毛穴から汗が噴きし、指先が激しく震えた。 父が目で患者の病状や理を言い当てていたあの神技は、才な直などでは決してなかったのだ。 父は、毎晩この部でノートをき、患者の活の背景をき留め、記憶に刻み込み、次に会うのために周到な準備をねていたのだ。

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俺が夜遅くまでカルテをめくっていたのと、まったく同じ臭い努力を、父は俺の何倍もの質量で、も欠かさず続けていたのだ。

そして――冊目のノートの最の数ページに、俺の名が現れた。 付は、俺が学病院を辞めてこの病院に戻ってきたのだった。

『裕介、戻る。器用な医者ではない。診断を確定させるまでにがかかりすぎる。症例検討のカンファレンスでも、自信がないのか滅に発言しない』 次の記述は、その半の付だった。 『裕介。患者の族への病状説がだが、夜遅くまで医局に残り、きの図解説用を自作しているのを見た。何度も描き直してはゴミ箱に捨てている。本は誰も見ていないとっているらしい』 さらにほどんだページに、こう記されていた。 『裕介。病棟の若い護師の点滴速度のミスを、自分の指示しの備のせいだと言って族にをげた。あれはらかに護師側の過失であり、指示のせいではない。だが、あいつは迷うことなく自分の責任だと言い切った』

そして、の空を空けて、父の跡はこう締めくくられていた。

『わしより、診断には遥かにがかかる。 だが――あれは、絶対に患者を置いていかない医者になる』

そのを読んだ瞬、界が滝のような涙で完全に塞がれた。

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