"75歳の老婆をと20キロのヒラメ" 第2話
老婆はゆっくりちがった。
「いいえ。にリアカーがあります」
賢治と従業員がへると、のに錆びたリアカーが柱に縛り付けられていた。
取っはテープで何にも巻かれ、片方の輪はし傾いている。古を拾うが引いて回るような、古びたリアカーだった。
賢治が箱をリアカーに積み込んでいると、老婆がに言った。
「も来ます。同じ量で用してください」
賢治はを止めた。
「も20キロですか」
老婆は静かに頷いた。
「ええ。毎来ますから。よろしくお願いします」
そう言うと、老婆はリアカーの取っを握った。
曲がった腰をさらに曲げ、い荷物を引き始める。
ぎし、ぎし、と輪の音がざかっていく。
そのろ姿を、賢治はしばらく黙って見送った。
に戻ると、若いアルバイトの健太が呆れた顔で言った。
「社、あのおばあさん、体何者なんですか。12万円を現でぽんと払っていくなんて」
賢治は首を振った。
「分からん。30商売してきて、あんな客は初めてだ」
健太は声を潜めた。
「まさか、まずい仕事じゃないですよね。最、資洗浄とか、そういう話も聞きますし」
賢治は返事をしなかった。
けれどの奥では、健太と同じ疑いが、すでにさく芽をしていた。
その夜、賢治はに帰ってからも、老婆のことがかられなかった。
広告
卓に向かっても箸がまない。妻が噌汁を置きながら、議そうに顔を覗き込んだ。
「どうしたの。で何かあった?」
賢治はし迷った、そのの来事を話した。
つま先の破れたスニーカーを履いた老婆が、12万円分のヒラメを買っていったこと。支払いはすべて真しい1万円札だったこと。そして、も同じ量を買いに来ると言ったこと。
妻は箸を止めた。
「おかしいわね。誰かにやらされているんじゃないの」
「俺もそうった」
「お寄りを利用して、何か悪いことをしているがいるのかもしれないわよ」
妻の言葉に、賢治の胸はくなった。
商売として、客の事に踏み込みすぎるべきではない。
けれど、もしあの老婆が誰かに利用されているのなら、らないふりをして売り続けることが正しいのか。
賢治はその夜、なかなか眠れなかった。
翌、賢治はいつもよりくにた。
槽の状態を確認し、包丁を研ぎ、先を掃きながらも、識は計に向いていた。
午2がづくにつれ、臓の鼓がしずつくなる。
健太も同じ気持ちだったのか、何度ものを覗いていた。
そして、きっかり午2。
引き戸がいた。
昨と同じ老婆だった。
同じ古いジャンパー。同じ穴のいたスニーカー。同じように曲がった背。
老婆は賢治を見ると、軽くをげた。
広告
「いらっしゃいませ」
賢治の挨拶は、しぎこちなかった。
老婆は槽へ目を向けた。
「今もヒラメを20キロください。それと、鍋用のあらもししてください」
言いながら、また古びた布財布を取りした。
今も、には真しい札が入っていた。
万円札で15万円。
賢治は札を受け取りながら、慎に尋ねた。
「おばあさん、失礼ですが、このたくさんの刺をどこにお使いになるのか、伺ってもいいですか。きな堂でもされているんですか」
老婆はしばらく黙っていた。
その沈黙はく、の奥の蔵庫の音だけがく響いていた。
やがて老婆はく答えた。
「必なところがあるんです」
それだけだった。
賢治は、それ以聞けなかった。
またヒラメを捌き始めた。包丁がまな板に当たる音が、いつもよりく聞こえる。
老婆は昨と同じように、の隅の子に座った。
表ひとつ変えず、じろぎもしない。
その姿は仏のようだった。
何を考えているのか、まったく読み取れない。
賢治は魚を捌きながら、何度も横目で老婆を見た。
は震えている。
は濡れてもいないのに、どこかえきったような顔をしている。
けれどだけは、札で量に持っている。
その矛盾が、賢治の胸をざわつかせた。
3目も、老婆は来た。
午2、1分の狂いもなく現れた。
4目も、5目も同じだった。
毎、ヒラメ20キロと鍋用のあらを注文し、15万円を現で支払い、リアカーに積んでっていく。
5で使ったは、75万円を超えた。
広告
おすすめ作品
-
完結第29話
300億円が消えた結婚式
クロスも皿もない暗い宴会場で、タキシード姿の兄が一人ぽつんと座っていた。「お兄ちゃん、えりさんは来ないって。結婚も式も全部ドッキリだったって」――それが、私の43歳の兄・琢磨が味わった地獄の始まりだった。 東和中央銀行の会長である父親やその家族は、年収620万円の建材会社主任である兄を「庶民」と見下し、前日の夜に勝手に式をキャンセルした上に、その屈辱的な一部始終を動画に収めて嘲笑っていたのだ。しかし、彼らは知らなかった。兄を虫けらのように扱ったその銀行に、私の経営するグローバル企業「ミレイビューティグループ」の全資産である300億円が預けられているという事実を。10年前、無一文だった私に兄が差し出した1000万円の連帯保証人の借用書が、今、静かに引き出しの奥から取り出される。 人間を肩書きと金だけで測り続けた傲慢な一族に、私が下す「本当の審判」とは一体何なのか。すべてを奪われた男の背後に隠された巨大な逆転劇が、今、幕を開ける。兄弟姉妹|真実4.4万字5 156 -
完結第11話
九時三十四分の地下鉄、消えた暴行犯
午前九時三十四分、地下鉄の車内で若い男が突如狂乱し、中年客の顔面を骨が軋むほど殴打した。床一面に飛び散る鮮血。だが、隣に座る同じ社章をつけた上司は、ただ口をあわあわと震わせ「腰を抜かして」座り込むだけだった。乗客たちと男を取り押さえ、駅員にすべてを通報した俺。しかし翌日、警察の発表も新聞の三面記事も、この凄惨な事件を「最初から存在しなかった」かのように完全に黙殺していた。なぜあの凄惨な暴力は一行も報道されず、駅の防犯カメラ映像すら消去されたのか。数年後、俺はある大手企業の役員名簿の中に、あの朝、冷たいホームの柱にすがってガタガタと震えていた「あの上司」の顔写真を見つけ、息を呑んだ――。ミステリー|真実1.6万字5 101 -
完結第24話
目覚めた部下にクビを問われた
地方旅館の火災で客を救い出し重傷を負った部下が目を覚ました。だが彼女の記憶は直近の二年分が抜け落ち、着任初日の私が冷酷に解雇を迫った日のまま止まっていた。会社は避難扉が開かなかった責任を彼女の記憶喪失に乗じて背負わせようと、退職金の支払いを口実に過失を認める書類への署名を病室で迫る。何も思い出せない部下は震える手でペンを握り、かつて自分を追い詰めたはずの私を怯えた目で見つめた。職場逆転|真実|裡の顔|修羅場3.7万字5 691 -
完結第20話
教室の最後列に座る元教員
定年退職した元教員の私は、一度も教えたことのない男子生徒の保護者会に、身元を偽って六年間通い続けていた。教室の最後列から見つめる先には、油まみれの作業着を着た父親が座っている。受付簿の不審な記録に気づいた校長から昇降口で問い詰められた帰り道、桜が散る坂道でその父親が私の前に立ちふさがった。二十四年前の元教え子だったその男は、振り返りもせず、私の背中に向けて「あの席、あと何年座るつもりですか」と低く告げ怒り|真実|親子関係|修羅場3.1万字5 122 -
完結第23話
十八年ぶりの切符「次は三人で来い」
「二度と敷居を跨ぐな」――十八年前、父・源蔵の激しい怒声を背に村を飛び出した美雪。母の葬儀すら拒絶し、東京で夫の高一、息子の蒼太と平穏な家庭を築きながらも、心の奥に深い罪悪感を抱え続けていた。 ある秋の日、頑固一徹だった父が倒れたとの報せが届く。恐る恐る帰郷した美雪を迎えたのは、小さく老いさらばえた父の姿だった。互いに素直になれぬまま病室で交わしたわずかな言葉。だが、生家から持ち帰らされた重い桐箱と古いボストンバッグを開けた瞬間、美雪の息は止まる。 そこには、出金記録ゼロのまま膨れ上がった美雪名義の通帳と、十三年前の日付が記された「高一君へ」という父の手紙が眠っていた。父が十八年間隠し通してきた、想像を絶する真実とは――。真実|修羅場3.5万字5 1026 -
完結第18話
ゴミ箱の隣に座る学年一位
学年1位を守り続けてきた娘が、二学期に入ると突然一番後ろの席に移動させられ、学級委員長も外された。何か処分を受けたのかと学校へ詰め寄る私に、娘は「この席でいいの」とだけ言い、何も説明しようとしない。納得できないまま迎えた参観日、教室の後ろに立つ私は、娘の隣にぽつんと置かれた空っぽの机に気づいた。誰の席なのかと問い詰める私に、担任は教室の隅を見つめ、「娘さんが残してくれと頼んできたんです」と静かに告げた。怒り|真実|孤獨|親子関係|修羅場2.8万字5 161 -
完結第17話
何番まで落ちたら離婚するの
三年連続で学年一位を取り続ける十二歳の息子。深夜まで勉強に付き添う私と、追い詰めるなと制する夫は、外食先でも教育方針を巡って激しく口論していた。沈黙していた息子は突然、「僕が何番まで落ちたら二人は離婚するの」と冷たく言い放ち、鞄から直近三回分のテスト用紙を取り出した。そこに並んでいたのは、最難関の応用問題だけが解かれ、一番簡単な基礎計算だけを全て意図的に間違えた、信じがたい異様な答案だった。夫婦|真実|親子関係|修羅場2.6万字5 621 -
完結第23話
父の逝った夜の車
父が亡くなって十八年、独身の伯父は私達三兄妹を支え続け、兄の就職も姉の結婚資金も工面してくれた。家族全員が恩人と慕う中、末っ子の私だけが幼い頃から伯父と二人きりを拒み、性格のせいだと呆れられていた。二十八歳のある日、会食の席で伯父が私の椅子を引いてくれた瞬間、鍵のかかっていた記憶が甦る。十八年前の嵐の深夜、泥まみれの母が一度だけ家に戻った時、街灯もない門前の暗闇で消灯したまま待っていたのは、伯父の車だった。兄弟姉妹|真実|親子関係|修羅場3.4万字5 991 -
完結第12話
午前五時の朝餉
母・加奈子を理不尽に追い出して七日目の朝。二重ロックで施錠されたはずの台所で、炊飯器のランプが黄色く灯っていた。「保温:28分」。蓋を開けると、湯気を立てる筍ご飯と、包丁立てから消えた一番重い三徳包丁。電源を抜いても、暗証番号を変えても、毎朝午前五時に届き続ける温かい米。やがて米の底から現れた“ある金属片”を境に、父と祖母の顔から血の気が引いていく。母はどこから入り、この家で何を見つめているのか。因果応報|嫁姑|真実|修羅場1.8万字5 1024 -
完結第13話
二十七年目の嘘
58歳で急死した夫の遺品を整理していた美智子は、引き出しの奥から27年前の「採用内定通知書」を見つける。当時不合格だと思い込んでいた東京の出版社からのものだった。封筒の裏には夫の筆跡で「辞退連絡済」。夫はなぜ私の人生を勝手に奪ったのか。さらに、夫の出世作となった伝説の住宅企画が、かつて自分が書いた企画ノートそのものだったことを知る。奪われた名前と人生を取り戻すため、妻が下した決断とは。人生逆転|夫婦|真実|第二の人生|親子関係2.0万字5 57