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"赤鬼教師が認めた禁断の解答" 第4話

京都はがっていたと言われている」

蓮は弾かれたように顔をげた。

鬼塚は井を見つめたまま、静かに、まるで自らの記憶を繰り寄せるように語り始めた。その声には、先ほどまでの刺々しい威圧は微もなかった。

「信はその夜、公卿や連師たちを招いて茶会をいていた。博の豪商・神宗湛らも同席し、自の名物を披して歓談し、夜更けにに就いた。酒も入っていただろう。よい疲労ので、い眠りに落ちていたはずだ」

鬼塚の細い指が、机のの類を軽く叩いた。 「そこへ突如として響き渡る、馬蹄の轟音と鬨の声。本能寺を取り囲んだのは、丹波亀から国方へ向かうはずだった智勢万千。本能寺を守る信の馬廻は、から程度。蟻のいる隙もない包囲網だ」

鬼塚は線をろし、蓮の目を真っ直ぐに見据えた。 「蓮。おの言う通りだ。が、絶対の全圏にいると信じ込んでいた所で、最も裏切るはずのない部に喉元を刃で突きつけられた瞬、最初にる反応は理性の言葉ではない。声帯が痙攣し、空気が肺から漏れるだけの、無な叫びだ。『えっ』かもしれん。『なに』かもしれん。あるいは、ただのい絶叫だったかもしれん」

「先……じゃあ……!」

「だがな」 鬼塚は蓮の言葉を遮り、鋭く差し指をてた。

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「その最初の声を、誰が聞いた?」

蓮は言葉を失った。

「その寝所にいて、信の最初の呻き声を聞いた姓や女衆は、その数分、燃え盛る本能寺の炎ので骨も残さずになったのだ。太田牛が『信公記』を編纂するにあたって取材できたのは、奇跡にき延びて寺を脱した、ごくわずかな女たちからの伝聞に過ぎない」

鬼塚はを乗りし、机ののテスト用を引き寄せた。 「そのき証たちが語ったのは、混乱ので信が障子をけ、弓を取り、弦が切れるや槍を振るって奮戦した姿だ。そして、もはやこれまでと悟った信が、女たちに『苦しからず、疾く罷りでよ』と逃を促し、奥の納戸へ消える寸に言い放った言葉――『非に及ばず』だ」

鬼塚は赤ペンのキャップをカチリとした。 「『非に及ばず』。善悪を論じる段階は疾うに過ぎた、理由を問うても詮無きこと、もはや運命を受け入れるほかない、というだ。信はな、藤。その言葉をにすることで、狼狽し、恐怖に慄くの脆なから、歴史の荒波を統べる『・織田信』へと、自らの精神を再構築したのだよ」

先の言葉が、蓮の胸の奥くに染み渡っていく。

「誰しも、測の事態に直面すれば『えっ』とちすくむ。だが、歴史に残ると、傍に消えるの違いは何か。

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それは、その最初の無様な揺の直に、どのような言葉で己の運命を規定し直したかだ。信公記の記者も、証言した女たちも、信が最初に漏らしたであろう無様な呻き声を削ぎ落とし、最に放った気い覚悟の言葉だけを歴史のカンバスに定着させた。それが、世のが受け継ぐべき『織田信の真実』だと信じたからだ」

鬼塚は赤ペンの先を、あの巨なバツ印のに置いた。 インクが更にじんわりと滲む。

「テストとは、客観な共通理解を測る儀式だ。文献に記され、検証され、された事実のみを正解とする。個の緒な共や、々しい性の推測を採点基準に持ち込めば、歴史という学問の規律は崩壊する。だから、このバツは絶対に消さん。おの点数は零点のままだ」

鬼塚はペンを置き、腕を組んだ。 「……だがな、藤。試験の答案としては零点だが、歴史と対峙する姿勢としては、貴様のその解答は決して違いではない」

「え……?」

夕が職員のきなスチール枠の窓を完全に覆い尽くし、内の蛍灯の々としたかりが、昼よりもずっと鋭く、青くじられる帯になっていた。 のグラウンドからは、とっくに運部の掛け声も、吹奏楽部が鳴らす揃いなスケール練習の音も消えっている。代わりに聞こえてくるのは、換気扇のく唸るようなモーター音と、折どこかのデスクで教師がめくる教本やプリントの擦れる乾いた音だけだった。

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