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"跡取りを産めぬと追われた嫁と、姑の漆塗りの小箱" 第2話

夜も更けた頃、聖治郎は腰をげる。

「そろそろ帰る」

さよは聖治郎の袖を軽く引き止めた。

「今夜はここに泊まっていって」 「すまん。それはできない」

さよは元に笑みを浮かべ、からかうように言った。

「女が怖いのですか?」

聖治郎は答えに詰まった。さよはそれを見てさらに続ける。

「この話を聞いても、断れるかしら」

さよは懐から帳面を冊取りし、聖治郎のに置いた。かれた頁には、酒井が借りたの額が細かな数字で並んでいる。

戸のに酒を卸そうと広げた商いはうように運ばず、代わりに借財だけが積みがっていたのだ。

「戸のとの取引、うまくいかなかったそうですね。返済の期限ももう半を切っていると聞きました」

聖治郎は帳面から目をせなかった。えた汗が背筋を伝う。

「おがなぜそれを……」 「商いをする女は、噂には聡いものです」

さよは茶を杯注ぎ、聖治郎のに置いた。湯みからは湯気が細くちったが、聖治郎はそれにを伸ばさない。

「私がこの借を全て、肩代わりして差しげます。ただし、つだけ条件がございます」 「条件とは……」 「おさんと縁を切ってくださいな」

さよの声は静かだが、無を言わさぬ響きがあった。

「跡取りも産めぬ嫁を、いつまでもに置いておく理はないでしょう」

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聖治郎はしばらく黙り込んでいた。灯のが揺れ、のが壁にく伸びる。

の隅には朝の甑を運ぶおの姿がよぎったが、聖治郎はそれを振り払うように膝ので拳を握った。

「承した」

その言で、酒井の代はさよののに渡されたも同然だった。さよは初めて元を緩め、帳面をそっと閉じる。

聖治郎がへ戻ったのは、夜も更けた頃だった。お常の寝にはまだかりが灯っている。

音を聞きつけたお常が聖治郎を呼んだ。

「こんなまでどこへっていたんだい」

問い詰められた聖治郎は、初めは言葉を濁していたがお常の差しに耐えきれず、全てを状した。

広げた商いの失敗、膨らんだ借、さよとの関わり、そしておを縁するという決を、息に語る。

お常は布団のでを起こし、聖治郎を睨みつけた。

「おはあの子を、のために放すというのかい。この、私にどれほど尽くしてくれたか見ていなかったのか」 「これは酒井を守るための決断です。お母さんの許しはいりません」 「おは酒井ではなく、お自を守りたいだけだろう」

聖治郎は目を逸らした。

「もう決めたことです。おには相応のを持たせます」 「で済むとっているのか。あの子が、夜も眠らず私の世話をしてきたことを……」

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聖治郎はそれ以答えず、お常の言葉を振り切るように座敷をていった。障子の閉まる音が寝に響く。

残されたお常は、しばらく井を見つめていた。

荒くなった息がようやく落ち着いた頃、お常は布団の脇に置いた文机の引きしから、さな鍵を取りした。

息子を止められないと悟ると、枕元の女を呼び、震える声で告げる。

「寺のご職を、の朝そっとお呼びしておくれ。聖治郎にはられないように」

翌朝、職が訪れると、お常は事の全てを語らずただこう頼んだ。

「私の元にあると銭を、おに譲りたいのです。ただ渡すだけでは、になって盗んだと言われかねません」

お常はひとつ息をつき、職の顔を真っ直ぐに見据えた。

「確固とした証になるようにして、印を押させてください」

職は同じ内容の証文を通したためた。お常はその両方に自らの印を押す。

通を原本として自分の元に残し、もう通を控えとして職のに握らせた。

「これは控えとしてお持ちください。聖治郎には決して話さないように」

職は静かに頷き、控えを懐に納めると寺へ帰っていった。

職が帰ると、お常は嫁入りの際に持参したの残りと、自ら蓄えてきた銭を取りした。

証文の原本や印、元であることを示すき付けと共に、枕元に置いていた漆塗りの箱へ収める。

同じ頃、おは台所で朝餉の支度をしていた。聖治郎とお常ので交わされた夜の言葉を、おはまだ何つらない。

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