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"跡取りを産めぬと追われた嫁と、姑の漆塗りの小箱" 第3話

いつものように粥を炊く鍋を見つめ、加減を確かめるだけだった。竈の炭がパチリとはぜ、さなのがに散る。

廊を渡ってくる粥を運ぶおの音に、お常はじっとを澄ませた。何もらぬままづいてくるその音は、いつもと変わらぬ調子だった。

お常は箱を布団のへ隠すと、いつもの姑の顔に戻った。

夜も更けた頃、お常の部から女を通じて、おへの呼びしがあった。

おは台所でのごしらえを済ませ、灯を消そうとしていたところだった。こんな遅いに呼ばれるのは初めてのことである。

何事かと急いで向かうと、お常はので半を起こし、灯のかりをつだけ残しては全て消させていた。

障子のでは虫の声もすでに絶え、のはを打ったように静まり返っている。

「お、こちらへ」

おが枕元に膝をつくと、お常は震えるで布団の脇に置いていた漆塗りの箱を引き寄せた。

腕を伸ばすだけで息ががり、度さく咳き込む。箱には紋とも違う見慣れぬ模様が彫られていた。

「これは私がきているうちに、おへ譲るものだ」 「お母様、これは何でしょうか?」 「詳しくは聞かないでおくれ」

お常はそれだけ言うと、おのに箱を握らせ、両でそのから包み込んだ。

骨張った指に、いのほかい力がこもっている。

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漆の表面はひんやりとたく、おの掌にそのみが伝わってきた。

おはわず箱を押し返そうとした。

「お母様、こんな事なもの、私にはいただけません」

だが、お常はそのをさなかった。

「決して聖治郎には見せてはならない。誰にも奪わせてはならない」 「お母様、急にどうしたんですか? どこかお加減でも悪いのですか?」

お常は答えず、たださく首を振った。

灯のが揺れ、皺の刻まれた頬にを落としている。枕元には煎じ薬の匂いがまだく残っていた。

おは姑の様子がいつもと違うことをじ取りながらも、それ以尋ねることはできなかった。のにしばらく沈黙が流れる。

「もうお休みください。夜はえます」

おが布団を掛け直そうとすると、お常はそのを掴み、もう度だけく握りしめた。皺だらけの指先がおのの甲にい込む。

「何があっても、元気でいるんだよ」

お常はそれだけ言うと布団にを沈め、目を閉じた。

おは箱を胸に抱え、灯のを細くしてから部をた。廊にると、くで戸のきしむ音が度さく聞こえた。

翌朝、まだ蔵の甑から湯気ががらぬうちに、聖治郎はおを居へ呼んだ。

障子越しの朝はまだく、座敷にはえた空気が残っていた。座に座った聖治郎のには、通の状と硯箱がまだいたまま置かれている。

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「おとは今切りで縁を切る」

その言が、朝のえた座敷に落ちた。おのにはしばらく何も届かず、目のに置かれた状だけが夜けのにはっきりと見えていた。

「経ってもおは跡取りをも産まなかった。酒井のにはそれが何よりもい」

おはようやく声を絞りした。

「旦様、急に何をおっしゃるのですか?」 「言い訳は聞かない。これが縁状だ」

聖治郎は状をおのへ滑らせた。墨の匂いがまだしく漂っている。

おは震えるでそれを取りげ、ただ膝ので握りしめた。

「は用してある。番から受け取るがいい」 「ものを、こんなに急になかったことにできるものなのですか? お母様だって、まだあんなにお加減が悪いのに」

聖治郎はそれには答えず目を逸らした。廊に控えていた女が気まずそうに線を落とし、そっと座敷の隅へがる。

奥の座敷から、お常が女に支えられて姿を見せた。おは救いを求めるように姑の顔を見げる。

だが、お常はいつもよりたい声で言い放った。

「跡取りつ産まなかった女が、どの面げてこのにいようと言うんだい。今すぐてっておくれ」

そう言ったお常の指先は、掛けられた綿入れの裾をく握りしめていた。

おはあまりの言葉に俯いたまま、涙をこらえきれなかった。

昨夜のお常の温かいの触が、まだ掌に残っているようだった。

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