みかん小説
本棚

"跡取りを産めぬと追われた嫁と、姑の漆塗りの小箱" 第4話

そののうちに、おはの回りの品をわずかにまとめ、酒井のをた。

荷物のには着替えのには、お常から渡された漆塗りの箱だけが入っている。番が差ししたの包みには目もくれなかった。

をたところで、おは度だけを止め、蔵の根を振り返った。

、初めてこのをくぐったも同じように蔵を見げたことを、おはふといす。今朝はまだ湯気のつ気配がなかった。

それだけを確かめると、度と振り返らず通りへていった。

の通りにはいつもと変わらぬのき交う声が響いていた。茶の簾も旅籠の呼び込みも、昨までと何つ変わらない。

おはその声のを歩いていった。

呂敷に包んだ箱のみだけが、これまでのとこれから先の暮らしとを隔てているようにじられた。箱のに何が入っているのか、おにはまだ見当もつかなかった。

酒井をたそののうちに、おは町の裏にさな部をつ借りた。

障子も畳もすり切れた畳半だったが、をしのぐには分だった。窓のには誰かの物干し竿が見え、赤とんぼが匹止まっている。

そのの夜、灯をつだけ灯した部で、おはようやく呂敷から漆塗りの箱を取りした。

広告

蓋をけるのはこれが初めてのことである。

にはさな布包みがいくつか収まっていた。つをくと、判にしておよそ両。それに当座の暮らしに使えるだけの銭が、ずしりとしたみで掌に乗った。

もうつには、お常の印と枚のき付け、そして通の証文が入っている。

おは灯をづけ、証文の文字を目で追った。

『この銭、酒井常が命のうちに自らのにておへ譲るものなり。の相続にあらず。これに相違なし』

文末にはお常の印が押されている。

傍らのき付けには、この銭がお常個の元であり、酒井の商いのとは無縁のものであると、はっきりと記されていた。

おは証文を握りしめたまま、しばらくけなかった。灯のがじっと点に灯っている。

では隣の部から、子供の寝息だけが漏れ聞こえていた。の壁はく、隣の暮らしの音がいつも筒抜けだったが、今夜はそれがかえってを落ち着かせた。

あの夜、お常はこう言っていた。

『それは私がきているうちに、おへ譲るものだ。誰にも奪わせてはならない』

あの言のが、今になって腑に落ちた。翌朝のたい言葉も全ては、聖治郎の目からこの証文を隠し通すためだったのだ。

おは証文をもう度丁寧に畳み直し、箱の底へ収めた。

広告

それからほど経った朝、酒井の女が裏を訪ねてきた。

「お常様が、昨夜おくなりになりました」

女はそれだけを告げるとくをげ、に帰ってった。

おはそのに崩れ落ち、両で顔を覆った。あのをてから、まだしか経っていない。それなのにお常はもうこの世にいないのだ。

あの朝もうしを張ってでも残っていれば、最に顔を見られたかもしれない。そううと悔やんでも悔やみきれなかった。

おは込みげる悔としみに嗚咽が止まらなかった。しばらくの、ちがることができない。

そのの昼過ぎ、おは寺の方角からちる線の細い煙を見かけた。

聖治郎に追いされたでは、酒井へ戻って弔いの座に加わることなどできない。おは寺のにち、静かにをわせた。

に戻ると、おは箱をけ、証文の脇にさな線をつてた。誰に見せるためのものでもない、ささやかな弔いだった。

煙が細くちり、やがて消えていくのをおはしばらく見つめていた。

翌、おは証文とをもう度並べて見つめた。

このまま暮らしのしに使ってしまえば、いずれ底をつく。お常が命がけで残してくれたものを、ただいつぶすだけではあまりに惜しいことだった。

「これを元にしよう」

おは誰に言うともなくそう呟いた。

造り酒で培った目利きと、の暮らしので覚えた台所仕事。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: