みかん小説
本棚

"跡取りを産めぬと追われた嫁と、姑の漆塗りの小箱" 第8話

「頼まれちゃいねえが、目についたもんでな」

佐吉はそれだけ言うと、次からは自ら炭を割り、扱いやすいきさにして届けるようになった。そうした遣いのおかげで、おの商いはまたし楽になった。

ある、炭を運び終えた佐吉が先に並ぶ酒饅を見て言った。

「この、来るごとに客が増えとるな」 「おかげ様で」 「品を落とさずそれだけ増やせるのは、したものだ」

佐吉はそれだけ言うと、いつものようにくをげ、荷を引いてっていった。

おはそのろ姿を見送りながら、これまで交わした言葉のどれもが、飾り気のない本だったことに気づかされた。商いを始めてから、これほど何気ない言にさせられたのは初めてのことである。

晩のがたさを増したある朝。空はく垂れ込め、のが町の空を覆っていた。

昼を過ぎた頃からのようながちらつき始める。先を通る参詣客も、いつもよりにき交っていた。

夕刻には、そのが音もなくり積もり始めていた。軒先の簾が湿ったにく揺れている。

おは積もり始めたを見げ、今のはくなりそうだとった。

晩のうちに、町は膝まで届くほどのに埋もれた。表通りも裏も見分けがつかないほどで、朝になってもは止む気配を見せない。

広告

荷物を運ぶ荷も、参詣に訪れるの姿もなく、町全体が息を潜めているようだった。根に積もったが、折い音をてて崩れ落ちる。

ほどそんなが続くと、蓄えのあるとないとの差がはっきりと現れ始めた。おのにも、炭との残りは限られている。無駄にできる材料はつもなかった。

井戸端ではの順番を待つ女たちのにも、いつもよりトゲトゲしい声が交わされていた。かきのもりず、根からろしたが通りの端にを作っている。

郎が息を切らせて、先へ駆け込んできた。

「変だ。が塞がってけねえ寄りや子供が何もいる」 「お寺へお連れするのですか?」 「ああ、ご職に頼んでみる」

郎はそのまま寺へ向かい、職に事を伝えた。

「ご職、お寺の部をしばらく貸していただけませんか? く当てのない者を放っておくわけにはいきません」

職はすぐに承し、本堂の脇にある部をけ放った。

郎は隣を回り、けずにいる寄りや子供をずつ確かめては寺へ案内していく。

「じいさん、ばあさん、こっちだ。子供も元に気をつけろ」

郎の声はの積もった町に響き渡るほどきく、迷う者たちの目印になった。避難してきた数を郎は指折り数え、職に告げる。

広告

「今のところ寄りが、子供が。まだ増えるかもしれません」

おはにあると酒種をかき集め、せいろを絶やさずかし続けた。売り物にするための饅ではなく、ただ腹のしになるようにときめに蒸しげる。

伝いの女と掛かりで、晩でできる限りの数を仕込んだ。これをきなざるにと積み、寺まで運ぶ。

「温かいお饅を持ってきました」

老のが震えるで饅を受け取り、さくをげた。子供たちは湯気のつ饅に目を輝かせている。つを頬張った子供が、隣の子に半分を分け与える姿も見えた。

その頃、佐吉はのさを確かめながら、荷の代わりに背負い籠を使い、炭を運んでいた。

いつものはに埋もれ、回りをいられる。それでも佐吉は、危うい箇所をつずつ踏み固めながら、寺とを何度も往復した。

先に現れた佐吉の肩と髷には、いがく積もっていた。息はく、籠をろすも凍えて赤くなっている。

おはしばらくその姿から目をせなかった。

「こんな、よくぞ運んでくださいました」

おが声をかけると、佐吉はを払い落としながらく答えた。

「約束したもんは届ける。それだけだ」

その言に飾った様子はどこにもなかった。おは湯を沸かし、湯みをつ佐吉のに持たせる。

佐吉はそれをみ干すと、また籠を背負い直した。

「利のことばかり考える商なら、こんなにはてこねえ」

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: