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"跡取りを産めぬと追われた嫁と、姑の漆塗りの小箱" 第10話

にわかには信じられず、おはそれを誰にも言わずにいた。

見かねた所の女に勧められ、産婆に診てもらうと、返ってきたのははっきりとした答えだった。

「違いなくごもっていなさる」

その言を聞いた瞬、おはそのに座り込み、声をげて泣いた。の、にすることさえ許されなかった望みが、今ようやく叶ったのであった。

その夜、おは佐吉にそっと告げた。

「赤子ができたようです」

佐吉はあまりの驚きに言葉を失った。やがておをく抱きしめると、ようやくをく。

「ありがとう……。本当にありがとう」

翌の。おは無事に子を産んだ。

産声を聞いた佐吉は、先で待ちながらいつになく落ち着かない様子できつ戻りつしていた。赤子を抱いたおの傍らで、佐吉はただ黙って、さなを指先でそっと確かめる。

赤子の指が、佐吉の太い指をきゅっと握った。

佐吉は慌てて顔を背け、袖で目元を拭った。その姿を見たおのに、あの夜のお常の声が蘇る。

『何があっても、元気でいるんだよ』

おは赤子を胸元へ抱き寄せた。

「お母様、おかげ様でここまで来られました」

そう呟くと、おの目から静かに涙がこぼれた。

方、酒井ではまるで違う筋がんでいた。

蔵の杜氏や番が次々と暇を取り、聖治郎の代になって広げた商いは、品質に斑がるようになっていく。

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あるから、酒のりが以と違うと苦が入り、そのとの取引は打ち切られた。に度の得先回りでも値切られるばかりで、まとまった注文はめっきり減っていく。

取引先は件、また件とれ、借はかえって膨らんでいった。

おを追いした、聖治郎はさよを妻に迎えていた。しかし、さよが引き受けたのは差し迫った借の部だけで、酒蔵にはなお負債が残っている。

酒井の傾きが誰の目にもらかになると、さよは援助を打ち切った。

「これ以、沈むに乗るつもりはございません」

さよがそう言い放ち、の回りの品をまとめててこうとすると、聖治郎はその腕を掴んだ。

「待ってくれ。俺を置いてどこへくつもりだ?」

さよはそのを振り払い、振り返ることなくっていった。

聖治郎が求めていたのはによる危うい救いであり、さよが求めていたのは繁盛していた酒蔵の板だったのだ。

互いにではなく利を見ていたことが、業の傾きと共にはっきりと現れた形だった。やがて聖治郎は、造り酒もも放すことになった。

かつて酒株を誇っていた酒井の簾は、いつしかのに渡っていた。

かつて自分が追いした女が、今では確かな商いを築き、佐吉という夫を得て暮らしているらしい。

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その噂をにした聖治郎は、く当てもないまま町を彷徨い歩いた。おならまだ許してくれるかもしれない。

全てを失った聖治郎は、垢じみた着物のまま、かつて自分が追いした女の噂を頼りに町へを運んだ。造り酒の跡取りだった頃の面はもうどこにも残っていない。

詫びさえすれば、まだにうと信じていた。

町の入りにづくにつれ、の声が賑やかになっていく。饅を蒸す匂いが、くからでも漂ってくるほどだった。

おののにつと、聖治郎は自分の目を疑った。

先にはい列ができ、せいろからちる湯気の向こうに酒饅を求める客の姿が幾も見える。

荷からは酒種に使う米と麹、麦、豆がへ運び込まれていた。の奥には武敷の紋が入った桐箱も積まれている。

板にはきく『ご おの酒饅』と記されていた。

列の脇では、恰幅の良い男が声を張りげ、客を案内していた。すっかり貫録のついたその男は郎だった。

「押さないでくれ! 順に並んでくれ!」

いのをできずにを傷しかけた客に、郎はきな声で言い放った。

「舌まで蒸しげる気か! しましてからいな!」

その声に並んでいた客がさく笑い声をあげる。聖治郎はその賑わいのに、見覚えのある姿を見つけた。

先で饅を売っているのはおだった。傍らには寡黙な様子で薪を運び入れる佐吉がいる。

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